「今日はどこ行こうか?」
「いつも通りゲーセンだろ?あ、それともカラオケ行くか?」
「おっ、いいね〜!女はどうする?呼ぶ?」
「そこら辺で適当にひっかけりゃいいだろ」
雷蔵の問いかけに三郎が気だるげに答え、勘右衛門がノり、八左ヱ門が笑う。
その会話の内容は明らかに不健全ではあるが、俺たちにとっては最早日常と化している。
まだこの会話が夕日が傾き始めた放課後であるとか、休日の真昼であったりとかだったのなら
別によくある会話かと思われるが(いや、別によくはないかもしれないけど)、生憎今は
そんな時間帯ではない。辺りは暗く、人工的な明かりが目に染みる深夜だ。深夜、と言っても
日付は変わっていない。しかし、明らかに周りには俺たちのような身分――高校生は見当たらない。
さて、先ほどの俺たちの会話と俺のここまでの説明で察してもらえるとは思うが、
俺たちは世間一般にいう所謂『不良』というレッテルを貼られている高校生だ。
喧嘩はするし、女遊びは激しいし(俺は面倒だからしない)、
気分が乗らなければ授業はサボるし(勘右衛門と八左ヱ門はこれの代表だ)、体の至る所には
これ見よがしにアクセサリーが光っている。あ、それでも勉強はちゃんとしてるぞ、俺は。
話は戻すが、今俺たちは駅裏の繁華街にいる。勿論、俺たちのような輩はうじゃうじゃとうろついている。
見た目こそはいかつかったり、チャラいがどうせ大したことはない。
俺がぼーっとそんなことを考えていると、いつのまにか雷蔵が俺の隣に来ていて顔を覗き込む。
「兵助、そういうことなんだけど、カラオケでいいよね?」
「え?あ、ああ、うん」
「なんだぁ兵助、考え事か?ボーっとしてっとこけんぞ!」
お前じゃあるまいし流石にこけないよ、と笑う八左ヱ門の方を見るがどうやら俺の意は汲み取って
くれなかったらしい。隣で「大丈夫?体調悪い?」と心配してくれる雷蔵とは大違いだ。
大丈夫なのだ、と雷蔵に返し再び前を見据える。俺の前には三郎と勘右衛門が歩き、
どの女をひっかけるか相談しているようだ。俺、前から思ってたんだけど勘右衛門の趣味は
あまりよろしくない、と本人には聞こえないであろう心のうちで呟いておく。
暫く歩いていた俺たちだが、その動きは急に止まることになる。勘右衛門が急に止まったからだ。
あまりにも急に止まったため、勘右衛門の後ろを歩いていた八左ヱ門が勘右衛門にぶつかり
「ブフゥッ」と何とも情けない声を出した。さっき俺を笑った天罰だな、ざまあみやがれ。
「おい勘右衛門急に止まんなよ!!!!!」
「ちょっとハチ、声大きいよ」
「どうしたんだ、勘右衛門」
「ちょ、ちょ、ちょ、みんなアレ、アレ見て!」
憤る八左ヱ門をよそに、どこか興奮気味の勘右衛門。三郎の問いかけに「アレ」と興奮気味の
勘右衛門がある方向を指差すので、なんだなんだとその方向に一同目を向ける。
勘右衛門が指差すのは、俺たちが今ちょうど歩いている通りの、車道を挟んだ向こう側。
深夜なだけあって、人は多いが車の交通量は昼間ほど多くないのでそれなりに見える。
「ほら、ほら!アレだよアレ、見えないの?!」と勘右衛門は喧しいが、アレってなんだよ。
指示語じゃなくてちゃんと言え、なんのことだかさっぱりだ。それでも勘右衛門はアレの
ことを言わずいまだ興奮してジャンプまでする始末なので、仕方なく目を凝らしてみる。
八左ヱ門が「見えねーよ、つーかアレって何だよ!」と俺の頭を抑え身を乗り出してきたから、
肘鉄をかましてやる。蛙の潰れたような声が聞こえたが無視だ、無視。
すると、雷蔵がふと、信じられないとでもいうかのように目を瞠る。
「・・・もしかして、アレ、さん・・・?」
「そう!!!雷蔵、ご名答!!!」
「はあ??誰だよ、そいつ」
「確か1組の子だよ、えっと、・・・」
「!!兵助の斜め前の席だったよね?」
ああ、そういえばそんな名前の奴が近くにいたかもしれない。 。反芻してみれば、
そういえば俺の斜め前の席にいたな、と確信する。俺が頷けば、満足そうに笑みを深める
勘右衛門。いやらしい笑みだ。でもと言えば、クラスの中でも地味な方で目立たない奴だ。
でも地味といっても変にクラスで浮いてるわけでもなく、何となしにクラスに浸透してる、というか。
友達だって普通にいるみたいだし、暗いわけではないのだろう。けれど、同じクラスになって半年は
経つが一度も喋ったことはないな。
「なんで雷蔵が他クラスの、そんな地味子のこと知っているんだ?」
「僕らのクラスに、さんの友達がいてね。その子がよく図書室を利用するんだけれど、
さんはその子と一緒に帰るためによく迎えにくるんだ」
「へえ」
自分から聞いといて全くといって良いほど興味なさげだな、三郎。そうか、雷蔵は図書委員だから
知っていたのか。顔と名前を覚えるほどなのだから、よっぽどさんの友人は図書室を利用するのだろう。
「で、何処にいんだよ」「は?まだ見つけてなかったのかお前」どうやらまだその姿を見つけて
いなかったらしい八左ヱ門に、三郎が面倒くさそうに指をさす。
「ほら、あれだ、あれ。ライブハウス見えるだろう?そこに居るだろ」
「ん〜〜、あ!あいつか!!兵助のクラスの地味子か!!」
「だからさっきからそう言っているのだ」
こいつ全然人の話聞いてないな。こいつの耳どうなってんだ。
やっと目当ての人物が見つかった八左ヱ門はしばらくさんのいる方を見つめていたが、
ふと一同がずっと疑問だったことを口にした。
「で、なんでその地味子が今、あそこに居るんだよ?」
「そう、そこなんだよハチ!!よくぞ言ってくれました!!!!!」
「勘右衛門、声が大きい」
八左ヱ門の疑問に、また興奮気味に話し出す勘右衛門。こいつどんだけ興奮してるんだよ。
雷蔵は「なんでだろう?うーん・・・」と首を捻りだした。あ、これは長くなるぞ。
つい、と目線を車道の向こう側のさんに向けてみる。
さんの普段の格好といえば、これまた地味。染めてもないし脱色もしていない真っ黒な髪を
肩までのばし、前髪もまた長い。それで、黒ぶちのデカイ眼鏡をかけている(噂では伊達だとか)。
背丈は女子にしては高い方で、170あるとかないとか。化粧っ気は全くなく、眉毛が綺麗に
整えてあるだけ、香水の類の匂いもまったくさせていない。あれ、なんで俺こんなにさんのこと知ってるんだろう。
まあいいか。ここで改めて、今のさんを見てみる。・・・と、驚愕だ。
相変わらず化粧はしていないが、いつもおろされているだけの髪は編みこんである。
右半分はいつものままだが、左全体が編みこまれている。自然と、前髪は右側だけになり右目を
隠している。そして、編みこまれたことによって耳が露わになっていた。いつも髪で隠れてて
見えないのだが、今はしっかりと見える。その耳には、俺たちに負けず劣らずのピアスが。
おいおい、いくつ開けてるんだ、あれ。左だけで、4つ、5つは開いてないか?
首にも、手首にも、指にもシルバーアクセサリーがいくつも光っている。あ、あれ勘右衛門が欲しがってた
ブランドのじゃないか?服装は黒のTシャツにジーパンと、よくある服装だが、なんか、
すごいスタイリッシュなんですけども。それで、ちょっとゴツそうなブーツを履いている。
また、遠目だから確信はないが、その爪には目に痛い色が塗ってある。恐らく赤色だろう。普段の彼女
からはとてもじゃないが想像できない色だ。そして、彼女が背負っているものは
(どう見てもギターケース・・・)
そう、さんは真っ黒な、ステッカーがやたらと貼ってあるギターケースを背負っていた。
いや、でも少し長めだからベースだろうか。どっちにしろ、何かしら楽器をやっているということ
だろう。今彼女がいるところはライブハウスの前だし、もしやバンドでもやってるのだろうか。
そして、なによりも注目すべき点は。
(・・・周りのいかつい連中はバンド仲間か何かか・・・?)
ライブハウスの前で、さんを囲むようにして立っている連中。ドレッドだったり、スキンヘッド
だったり、これまた派手な赤色の髪だったり、剃り込み入れてたりと髪型が派手なことは勿論、
そいつらの至る所にもシルバーが光っているわけで。さんのようにギターケースを手に
している奴もいる。そして、各自の肌からはタトゥーが見え隠れしている。あ、ちょっと待て
さんのにも見えるんだが。え?手の甲?嘘だろ、学校でそんなの見てないけど。
見れば見るほど学校の彼女とはかけ離れていて、思わず言葉を失う。
それはどうやら他のやつらも同じらしく、向こう側にいるさんをガン見してしまっている。
勘右衛門だけは「どう?どう??」とニヤニヤとしているが、相変わらず興奮を抑え切れていない。
「おほー・・・マジであれ、って奴なの?なんか、スゲエんだけど」
「間違いないよ〜、今どき珍しい子だなって見てたもん。雷蔵も言ってたじゃん」
「それにしても・・・すごいね」
「私の見間違いでなければ、あいつピアスもしてるしタトゥーもしてないか?」
「三郎の見間違いでもなければ、勘違いでもないのだ」
そうこう言っているうちに、ふとさんが動いた。周りの連中も動いたところを見ると、
どうやら移動するらしい。いまだに信じられない俺は、その様子を目で追う。
と、ちらと隣を見てみると勘右衛門がスマホを構えていて、パシャリと小気味のいい音が
俺の耳に届いた。その音を聞き届け、ニンマリと口元を緩める勘右衛門。相当の悪人面だ。
こういうときの勘右衛門は、大抵ろくなことは考えていない。その勘右衛門に他の奴らも気づいたのか、
まず初めに三郎もニヤリと悪人面をする。
「勘右衛門、性格悪いなお前」
「やだな〜、三郎だけには言われたくないよ」
「お、綺麗に撮れてんじゃん」
「勘ちゃん、あとで僕にも送っといて」
勘右衛門の携帯画面を覗き込んで見ると、そこには先ほどまでのさんの姿。
ご丁寧に全身写っており、さっきまで俺が驚愕していたポイントも全て写りこんでいる。
こいつの盗撮技術には呆れを通り越して、感心さえするよ。
明日は、普通に学校がある。明日が楽しみだね、さん。と恐らくは起こりうるだろう明日のことを
考えながら、今はもう人ごみに消えた彼女に話しかける。
明日が楽しみだ、と俺は柄にもなく浮き足立った。
→