ああ、疲れた。今日の授業は寝てしまいそうだなぁ、と大きなあくびをひとつ。 昨日のライブはいつもより疲れた。ファンサしすぎた。アンコールに応えすぎた。 いつもより客の入りが多くて、自分のお気に入りの曲ばかりだったし、ハコも良かったから 仕方がないと自分に言い聞かせる。体の倦怠感は否めないが、それでもいつも以上の満足感は拭えない。 これでまたしばらくはバイトだなー、となんとなしに考える。

私、 はバンドマンである。コッテコテのロックバンドのベーシストだ。 オールディズからヘビメタ、パンクロックなど様々だ。自分たちで作詞作曲する場合もあるが、 ほとんどは有名なアーティストのカバーだったりする。しょうがないじゃないか、好きなんだもの。 それでもそれなりにファンはいるらしく、それなりに客は入るし、CDなんかもそれなりに売れる。 ライブはハコが半分、野外が半分といったところだ。メンバーの誰かのツテを頼ることが多い。 別にメジャーデビューを目指しているわけでもないので、趣味のちょっとした延長としている。

そんなそれなりにハジけて(死語)いる私だが、学校ではそれはそれは大人しい。目立たない。 いや、目立たないように最大限の努力をしているのだけれども。ピアスは隠れるように 髪は絶対縛らない(不思議とバレたことは一度もない)し、タトゥーはペイントだったり シールだったりする(それでも腰にはマジもんもあるんだけど)。アクセサリーなんて、 絶対つけない。伊達眼鏡までして、真面目ちゃんを装ってる。私の努力は報われているらしく、 今まで面倒ごとに巻きこまれたことは・・・ない、と思いたい。
まあ、それはともかくとして、だ。クラスでは地味子で通ってる私。それなりに友人もいる。 「今日も授業だるいねー」「次なんだっけ?」「古文だよ」「え〜絶対寝るんだけど」だなんて 女子高生よろしくふざけている。平凡万歳。



「あ」
「どうしたの?
「古文の辞書、アッチに置いたままだ」
「また〜?もう授業始まっちゃうよ、はやく取ってきなよ」



なんてことだ、ガッデム。私としたことが古語辞典をアッチに置いてきたらしい。 アッチ、とは下足ロッカーのことだ。高校の下足箱とは便利なもので、それなりに大きく 色々と入る。私の場合、置き勉キングと言ってもいいほど色々と置いていっているのだが、 教室のロッカーだけでは入りきらず下足箱にもいれているわけだ。汚いとか言うな、みなさんが 思っているほど下足箱は汚くないし、臭くもないです。ちゃんと消臭剤入れてるし!!



「じゃ、行って来る」
「いってらっしゃーい、間に合わなかったら先生に何とか言っておくよ」
「ありがと!飴ちゃんあげる!!」



いらないから、と笑う友人の声を背に教室を出る。目指すは一階、玄関だ。












「おー、あったあった。ついでに英語の辞書も持ってくかな」


自分の下足箱を開け、目当ての物とついでを取り出す。それなりに使い古されている。バタン、と 勢いよく扉をしめ踵を返す。おっと、チャイムがなってしまった。はやく戻らねば。 と、踵を返そうとしたのだが。それは叶わなかった。さて、ここでクエスチョン!なぜさんは すぐに教室に戻れなかったのでしょうか。答えは至ってシンプルだ。

何者かによって、その進行を断たれたからである。どうやってか?声をかけられたからだ。 ここで普通は「おっとやべえな、先生かな怒られるわ」とか考えるわけだが、生憎私はそうでなかった。 何故か?声が異様に若いからだ。この大川学園の若い先生など限られるわけで、しかもその若い先生 の筆頭である土井先生は中等部の担当である。となると、残された選択肢とは限られてくる。 生徒だ、ファイナルアンサー。



「あ、さんだよね?」
「おほー、じゃねえか」
「授業始まってるぞ」



振り返りたくなかった。数秒前の私なんで振り返っちゃったのかなあ。と過去の自分に愚痴るが 仕方ない。私の予想は見事的中し、下足箱から内履きを取り出し、外履きを脱いでいらっしゃる 生徒さんがいらっしゃいました。授業始まってるぞ、ってそれこっちの台詞なんですけど。 今登校されたんですか、どんなVIPよ。

さて、改めて私に声をかけた輩を見るが、なんかもう改めて見たことにすら後悔した。 同じクラスの尾浜勘右衛門と、隣のクラスの竹谷八左ヱ門と鉢屋三郎だ。おいおいおい、 やめてくれださい何故我が学年きってのヤンキーが、私のような地味子に声かけるの。やめようよ。 ていうかなんで名前知ってるの。尾浜はともかくとして、なんで他クラスの竹谷も知ってるの。 一度立ち止まって振り返ってしまったから、知らん振りなんて今更できないんですが。

尾浜、竹谷、鉢屋といえば学年で知らない人はいないんじゃないかというくらいの有名人だ。 さらにこれに、久々知と不破が加わると仲良しヤンキー5人組の出来上がりである。 私が今世紀最大に関わり合いになりたくない輩ランキング堂々の一位に輝く、ヤンキーだ。 久々知と不破は授業は真面目に受けているらしいし、割とまともなようなのでまだマシだが 問題はこいつらである。なんでよりによって面倒くさそうな3人なんですか。 尾浜は我が校きってのプレイボーイ(笑)だし、竹谷は常に生傷耐えない喧嘩マシーンだし、 鉢屋は鉢屋で女性関係のことでろくな噂を聞いたことがない。 マジなんなの、本当に君たち高校生?と問いただしたくなる連中であるわけだ。 そしてそんな連中が私に何の用なの、いや用なんてないよね空耳だよねお願いします、と心中土下座 をかましたい。
そんな私の心中を知ってか知らずか、尾浜は私に話しかけながら近づいてくる。来るでない。



さん、どうしたのー?こんなトコで」
「エッ、あ、ハイ。古語辞典を下足ロッカーに置きっぱなしだったもんで」
「あー!今の授業古文か!どーしよ俺、辞典家だわ」
「私持ってるぞ、貸してやろうか」
「あ、じゃーお願いしよーかな。ありがと三郎」
「貸しひとつな」
「んなことで貸し作らないでよ、俺だってこの前CD貸したじゃん」
「CDといえば、八左ヱ門、そろそろあのCD返してくれ。延滞料取るぞ」
「アッ、わりい、忘れてた!明日、明日もって来る!!」



こういうタイプの人って絶対また忘れるんだよねーとか考えながらも、この状況を理解しようと 必死で頭を働かせる。そうだな、とりあえずひとつ言いたい。ナチュラルに話を展開させないでほしい。 ぶっちゃけもうその話、私に関係ないよね。あ、そのバンド鉢屋すきなの。私もだよ。決して 口にはしないけれども。
もうこれ私立ち去っていいよね?関係ないよね?ちらと三人を見やり、今度こそ踵を返そうとする。



「あ、じゃあ私教室の方戻るんで・・・」
「あっ、待って待ってさん」



なんだよ!!まだ何かあるのかよ!!!いい加減私を教室に帰しておくれよ!!!! 友人が先生に何かしら言ってくれているであろうとは言え、あの古文の先生うるさいんだよ単位もらえなかったらどうしてくれる。 まあ、さすがにこんな一回のことで単位が貰えないということはないだろうが、 成績に響くのは明らかである。あの先生、ちまっこいんだよね。
何でしょう、と尾浜と再び向かい合う。目の前の人物には大きな画面の携帯がにぎられており、 その画面は私のほうへ向けられている。そして、その画面には



さん、昨日、いたよね?」


尾浜の爽やかな笑みと共に吐き出された台詞、そして画面の中に映し出されている写真。 一瞬で全てを悟った。というか、その画像見れば分かりますわ。 そこには昨日のライブ帰りの私。例のいかついバンドメンバーもちゃっかり写っている。 尾浜の横では、これまた何か言いたげな顔の竹谷と悪人面の鉢屋。大層厭らしい笑みである。 これはこれは、いやあ、



「ずいぶん綺麗に撮れてるね。尾浜くんの携帯の画素数なに?」
「え」
「いやー、すっかり忘れてたわ。あんな場所であんな時間だったし、うちの学園の生徒は  いないだろうと思ってたんだけど、すっかり君たちのこと忘れてたわ。そうだよね、  君たちはいるわな」
「あ、うん。俺ら、大抵はあそこらへん、だし」



いやあ、そうだよね。ヤンキーと言われている彼らが、あの時間に、あのような場所にいない なんて言い切れない。盲点だった。よく考えてみなくても、あそこらは尾浜たちのような奴らが うろついてるじゃないか。そりゃ、尾浜たちもいるわけだ。 それにしても、綺麗に撮られてしまったな。最近の携帯とは末恐ろしい。恐らくこれは、 車道の向こう側から撮られていると思うのだけれど。なんて現代の発達した科学技術に感心していると、 突然竹谷が歩み寄ってきて、私の手首を掴む。えっ、何事ですか。



「あれ、タトゥーは?!昨日してなかったか?」
「き、昨日?」
「私も見たぞ。十字架だか何だかの、してただろう」
「えっ、あっ、うん。あれ、ペイントタトゥー」



私がそう言えば、あからさまに肩を下げる目の前の人物。言わずもがな尾浜だ。 質問をしてきた竹谷は「ペイント?!そんなのあんのか、スゲェな!」だなんて笑ってる。 というか鉢屋はよくあの距離で、タトゥーの模様まで把握できたものだ。なに、千里眼ですか。

それにしても、さっきから尾浜は何なのだろう。昨日の写真を見せてきたり、手の甲のタトゥーがないことに 落ち込んだり。私は彼に何かしたのだろうか、いやしてないはずだ。そもそも、彼らとは 今まで何の関わりももたなかったはずである。さて何の用事なのだろう、と思考を巡らせる。 そして、ここでひとつの考えが頭をよぎる。もし、これが図星であるのならば大変申し訳ないが 私は彼の期待には応えられない。うん、まあ、



「別に、バラしてもいいですよ」
「え゛っ」
「はは、なにその声。割と友人には知れ渡ってることだし。ああでも夜間ライブはあまり  バレたくはないことだなあ。でも、そのこと言ったら君たちもその時間帯に出歩いていること  分かってしまうしね」
「・・・その両耳に開いたピアスはどうするんだ?」
「・・・それは考えていなかった。まあ、どうにかなるでしょう」



人生、なんとかなるもんだ。そう自分に言い聞かせる。友人にはよく「あんたって大雑把よね」 であるとか「細かいこと気にしなさすぎ」などと言われるが、そうしないとやっていけない。 何分、環境が環境だった為細かいことは気にしていられないのだ。ああ、暴君の台詞が思い出される。

と、感傷に浸っている場合ではない。ちら、と時計をみやると吃驚しすぎて声にならない声がでる。 もう授業が半分を終えようとしている。これは非常にまずい。私の成績の枯渇にもかかわるし、 なによりこのヤンキーどもから離れたい。私何気にタメ口はってしまったけれども、 殺されはしないだろうか。あとが怖い。だが、ここまで来ると反対に「どうとでもなってしまえ」と 開き直ってもくる。 じゃあこれで、と言葉を残し今度こそ踵を返す。ああ、そうだ。どうせなら



「今度、ライブおいでよ」











ぱたぱたと小走りで廊下を駆けていくさんの後姿に、俺はいまだ呆然としている。

「バラしてもいい、だってさ。聞いた?ハチ、三郎」
「おう、聞いた聞いた。つまんねーなぁ、もっと慌てるかと思ったんだけどな」
「どうにかなるって・・・七松先輩か、あいつは」

あ、それ俺も思った。昨日の夜繁華街で見かけたさん。翌日である今日、運がよければ 会えるかな〜なんて思っていたら、案の定出会ってしまい。まさか俺たちの登校時に、 さんが玄関に来るとは思ってもいなかった。喋ってみると、やっぱり普通。 ちょっとどもるな、ってくらいでごく普通の子。それでもやっぱり、普通じゃなかった。 昨日俺が撮った写真を見せれば、最初こそ目を瞠りはしたものの、第一声が「ずいぶん 綺麗に撮れてるね」だ。画素数いくら?ってそんなの俺知らないよ。俺(恐らくは俺たち)が 期待していた反応とは全く違うものをさんは見せてくれた。しかも、 バラしてもいいってどういうこと?本当にそのままの意味なのか、それとも俺たちにそんな度胸は ないとでもいいたいのか。どちらにせよ、分からない。 そして、最後に発した言葉。「ライブおいでよ」って、普通あの場あのシチュエーションから して発せられる言葉だろうか。

まあ、とにかく。


「俺、はやく教室行こ〜っと!」
「なっ、勘右衛門が教室に早く行くだと・・・?!」
「おい、どうした勘右衛門。頭でも強打したか?」
「してねえよ」



ライブに行くためにも、まずはメアド交換からだよね? 自然と口元が緩むのがわかる。これからさんへ仕掛ける猛攻を考えると楽しみで仕方ない。 彼女はいったいどういう反応をしてくれるのだろうか。 とりあえず、いまだに信じられないと笑う八左ヱ門にジャーマンスープレックスをかます。

友人の断末魔を聞きながら、俺はこれからの日々に胸を弾ませるのだった。









続くかもしれない。
2014.7.25 吉切