規則的な音を立てて、木の枝を蹴って飛ぶ。流れていく景色を横目に、息も乱さずに 木と木の間を走り抜けていく。もう慣れてしまった一連だが、前世では考えられない行動だ。 木と木を伝ってビュンビュンと通り抜けていくだなんて、そんな漫画のようなこと私がしている。 いまだ自身のことでも信じられない。本当に忍者なんだよなあ。

今日は珍しく鵐先輩のいない忍務だった。何故かしらいつも忍務は鵐先輩と一緒なのだ。常々疑問で いつか言おうと思っていたのだが、今日は私ひとりでの忍務だった。不本意ながら常に鵐先輩と一緒に 忍務をこなしてきたので少々の違和感はあったが、なんら問題はない。殿がこの頃目をつけられた城の 情報を淡々と集め、無駄・無利益な血は一切流さずに任務を終えた。私えらい。

と、まあ冗談はさておき。一刻も早く帰り報告をすませるため、タソガレドキ城へ急いでいた私だが ふとその足を止める。人の気配だ。しかも、多数。そっと音もなく着地し、片耳を地につける。 うん、成人した男性が5人ほど、子供が5、6人だろうか。こんな森の奥深くで、何をしているのか。 太陽はまだ顔を出しているが、よもやピクニックをするような場所ではない。地面から耳を離し、 足音のした方向に体を向け、意識を集中させる。心なしか騒がしい。まあ、ここまでの情報からすると いい事が起こっているとは思えない。向かう他ないでしょうな。


(うん、まあ、予想通りというか、ベタというか)


枝の上で立膝をし、身を潜め、気配を殺す。予想通り、私が向かった先には複数の大人とそれに囲まれた 子供がいた。大人の出で立ちから察するに、ここらの山賊だろう。噂では、というか私の情報ではここらの 山賊は他より一層たちが悪いとか。囲まれた子供ら、こちらは少々予想を外れていた。
通常の町であったり村の子供であるなら怯えきっているだろうが、この子供らは違った。 二人ほどを庇うように前に立つ数人。木刀を構えている少年もいる。ふむ、後ろの二人は怪我をしているのかな。 顔に不安や焦りは見られるが、絶望であったり恐怖は見られない。武家の子供だろうか。 それでも大の大人には、しかも相手は山賊なのだから勝ち目はないだろう。 恐らく、ここで子供らが捕まれば彼らは売り飛ばされるだろう。もしくは山賊の中に衆道がいるのなら、 慰みものにされてから売り飛ばされるか。


「大人しく捕まりな!」

「誰が捕まるもんか!こっちに来るな!!」

「はっ、威勢がいいなぁ。高値がつきそうだ」

「っ、離せぇ!!!!」

「きり丸!」

「っき、きり丸を離せこの野郎!!!」


これは、穏やかではないなぁ。さすがに、私もこの場を無視するほど冷徹ではない。というか、むしろ こういう輩には虫唾が走る。山賊が一人の少年に手をあげたと同時に、枝から飛び降りる。 少年の手を掴んだ男の首に的確に手刀を落とし、続いて横に居た男の鳩尾めがけて膝を突く。 流れるように反対隣にいた男を忍び刀でなぎ払う、勿論峰打ちだ。ようやく我に返ったのか、 私のほうへお粗末な刀を振りかざし向かってくる男の横腹に蹴りを打ち込む。それを見て最後の一人が 怯え逃げ出すが、残念ながら逃がさない。地を勢いよく蹴り、回り込む。ひっ、という声が聞こえたが 、うん、まあ、悪いけれども、ここで寝てもらおう。鳩尾に手刀を打つと、渇いた声を出して倒れこんだ。 本当は殺した方が楽なのだけども、子供たちがいる手前それはできない。明らかに悪影響だ。

さて。これで山賊を一掃したわけだが。くるりと振り返り、子供たちのほうを見る。それと同時に 体を強張らせる子供たち。そりゃそうだ、いきなり得体の知れない人間がやって来てバッタバッタと 大の大人(山賊)を蹴散らしたのだ。警戒しないわけがない。 けれど、私に君たちに危害を及ぼす気は全くないんだよー。


「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます」

「乱太郎!敵かもしれないだろ!!」

「で、でも、助けてもらったのだし」

「きり丸、しんべヱ、喜三太!はやく庄左ヱ門と乱太郎をつれて逃げるんだ!」

「き、金吾!そんなことできないよぉ!」


おやおや、これはまずい。木刀を持った少年(おそらく金吾と呼ばれた子だ)が立ち塞がる。 ふにゃんとした目の少年が叫ぶが、金吾少年は聞く耳持たず、といったところ。他の四人も動揺しており、 動けないようだ。うーん、これじゃあキリがないな。

「?!」

どさり、とその場に腰を下ろす。そして所謂「降参です」というポーズ、武器は持っていないアピールだ。 突然の私の行動に驚く少年たち。ゆっくりと、言い聞かせるように口を開く。


「敵ではないよ」

「でも、その格好はタソガレドキ忍者じゃねぇか!」

「きっきり丸!!」


あれ、知ってたの。おいおい、なんで子供がタソガレドキ忍者のこと知ってるの。誰だ、姿晒した奴は。 どうせ組頭か鵐先輩あたりだろう。あの二人ならしかねん。でもまあ、一般人でもタソガレドキは 戦好きの城ということで通っているようだから警戒するのは当たり前か。


「確かにタソガレドキではあるけれども、君らをどうこうするつもりはないよ。通りがかって、山賊が 君たちを襲っているのを見かけて、見ない振りはできなかっただけだよ」

「・・・」

「もういいよ、金吾、きり丸。この人は悪い人じゃない」

「庄左ヱ門・・・」

「僕たちのことを助けてくれて、ここまでしているんだ。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

「あ、うん、いえいえ」


どうやら後ろで控えていた庄左ヱ門という子は話の分かる子らしい。そして様子から察するに、この子たちの リーダーだろうか。ありがとうございました、と頭を下げられこちらも反射で頭を下げる。日本人の性だ。
さて、庄左ヱ門くんは今一番この場で冷静な少年だが、その顔は決して楽そうではない。かすかに眉をしかめている。 うん、捻挫でもしているのかな。左か。続いてその隣に座り込んでいた橙色の髪をふわふわとさせた少年に 視線をずらすが、ふと違和感。そして次の瞬間に、その橙色はゆらりと落ちた。え?


「っ乱太郎!!!」

「うっ、うわあああああん!!らんたろおおう!」

「し、しんべヱ泣くな!!」

「はやく学園に戻らなきゃ、ほ、保健室!」

「でもどうやって?!僕たちだけじゃ無理だよ!学園まで遠いぞ?!」


一気に全員がパニック状態に陥り、おろおろとしだした。しんべヱくんとやらは泣き出す始末だ。 それが伝染したのか、さっきまで強気だったきり丸くんとやらも金吾くんとやらも泣きそうな顔になってきた。 例のふにゃ目の少年も泣き出す寸前だ。庄左ヱ門くんとやらだけが冷静を装ってはいるが、困り果てている。 これはもう、放って帰るわけにはいかないよなぁ。
よっ、と心の中だけで声を出し立ち上がる。その瞬間少年たちがびくっとするが、気にしてはいられない。 恐らくふわふわ少年(乱太郎くんとやら)は山賊の持っていたお粗末な刀にでも切られたのだろう。 だいぶ刃こぼれしていたし、衛生状態は決して良くないだろうから、傷口から細菌でも入ったか。たぶん 発熱、あと極度の緊張状態から気を失ったのかな。
ざくざくと葉を踏み、少年らに近づく。そして倒れこんだ乱太郎くんとやらを抱き上げる。俵担ぎでもいいのだが、 いかんせん怪我人なので乱暴にはできない。 私が乱太郎くんを抱き上げたところで、はっと我に返った(恐らく)きり丸くんが怒声を放った。


「乱太郎を放せ!!!!!」

「それさっきも聞いたな。うん、君、この子が死んでもいいの?早く処置しないと大事になるよ」

「っな!」

「庄左ヱ門くんとやら、君らもしくは乱太郎くんの家はどこかな」

「・・・送ってくださるんですか」

「さすがに、怪我人、しかも子供を放っておくことなんで出来ないよ。君も怪我をしているし」

「!!」

「ほら、早くしないと」


私が追い討ちをかけるように急かすと、「あっちです」と庄左ヱ門くんがある一方を指差した。まあ、ここで 嘘なんかつくわけがないし、本当だろう。でも案内人はちゃんと欲しいところだ。しかしながら、流石にこの 人数を一人で運ぶことはできない。二人なら両脇に挟んでいけるだろうが、六人だ。っち、こういうときに 鵐先輩がいればなあ。あの人使えないな、こういうときに居ないだなんて。
仕方ない。あの子たちを呼ぼう。乱太郎くんを片腕で抱え、ぴゅうっと指笛を鳴らす。咄嗟に 少年たちが身を強張らせる。うんごめんね、警戒しないでも大丈夫だから。そんな睨まないで。 暫くしないで、二つの気配が近づいてきた。地を蹴り、草をわけ、息荒くこちらにやってくる。相変わらず 仕事がはやいことで。そしてやって来たそれらに、少年たちがより一層身を強張らせた。そりゃ 狼がやってきたら怖いよね、私も怖い。くいっと顎で命令すると、二頭の狼が私の足元にやってくる。


「お、狼?!な、なんで!」

「大丈夫大丈夫、わたしのだから」

「お前っ!やっぱり俺たちを!!」

「違う違う、ほら、乗って乗って」

「乗って?」

「私ひとりじゃ君ら全員運べないから。きついだろうけど、そっちの大きい方に三人、もう一頭の方に 二人乗って」


案内してほしいからさ、と言うと半信半疑のような顔を向けられる。これでも信じられないか。 ずいぶん疑り深いなあ。しんべヱくんとやらとふにゃ目くん、庄左ヱ門くんはどうやら信用はしてくれているらしく 警戒は私に対してはしてないが、問題はきり丸くんと金吾くんだ。しょうがない。 おもむろに懐に手を入れた私に、木刀を構える一方と構えの姿勢をとる一方。おおう、いい反応だ。 懐に手を入れたまま金吾くんときり丸くんに近づき、そして懐から手を出す。その瞬間に二人の警戒は 最大レベルに達するわけだが、次の瞬間には二人は呆けた顔をした。なにせ、私は数本の苦無をきり丸くんに、 忍び刀を金吾くんに手渡したからだ。


「今もっている武器は君らに預ける(本当はもっとあるけど)。私が少しでも怪しい動きをすれば、 それでグイっとやっちゃっていいよ」

「っな!そんなの信じられるわけ」

「ほら、もう行くよ。乱太郎くん死んじゃうよ(死にはしないけど)」

「きり丸、行こう?この人きっと悪い人じゃないよ、僕たち助けてくれてるんだよ」

「しんべヱ」

「金吾、相手が刀を手放したことがどういうことか金吾なら分かるだろう?早く行こう」

「そうだよぉ、はやく行こう!」

「庄左ヱ門、喜三太・・・」


そうそう、早く行こう。三人の説得の甲斐あってか、きり丸くんと金吾くんはおずおずとこちらへ歩みよってきた。 狼に伏せ、と命じ少年らを乗せる。やっと移動だ。それにしても私本当、こういうとこ忍びに向いてないよなあ。 どうしても、子供は放っておけない。五人が狼に跨ったのを確認し、狼を立たせる。一方私は、 片手で抱き上げていた乱太郎くんを両手で抱きかかえ(所謂お姫様だっこだ)、ふと思い出す。


「で、君らの向かうところは?」

「忍術学園です」


道理でタソガレドキを知ってるわ、異様に警戒心は強いわけですわ。





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長いわ!!!
2014.9.21 吉切