月は雲で翳り、辺りは仄かに冷ややかな光で照らされている。時折隠れては、姿を現し。 森は完全な闇に呑まれ、物音ひとつしない。何処か遠くから狼の遠吠えが聞こえるだけである。 一筋の風が吹き、頬を撫で付ける。ぬるり、とあまりにも風にしては薄気味悪く、居心地の悪い。



「で、どないする?これ」


高いとも低いとも捉えられない声が、しんと木の葉を震わした。だが、あまりにもこの場には不釣り合いな声色である。 感情は籠ってなさそうではあるが、どこか楽しそうにも聞こえる。いずれにしても、ろくな考えは持っていなさそうだ。 声の主は見慣れぬ金の髪を揺らし、目元を歪めるばかり。その目は開かれると、これまた世にも奇妙な色合いを見せる。 暗闇に慣れた目には、あまりにも優しくない赤色だ。瞳が赤色だなんて、鬼か妖かと知らずのうちに身を震わす。 これ、と声の主が指す方向には複数の影があった。闇色に紛れて少々分かりづらいが、群青色である。

群青色もとい、忍術学園五年生・不破雷蔵、そして竹谷八左ヱ門は焦っていた。少しばかりではなく、かなり、だ。 今回の任務は、とある城の情報収集であった。仕事の内容としてはごく簡単なものであり、城自体もさほど難易度の高いものとは 言えないものであった。何故このような任務に五年生が、と疑問に思ったのだが、どうせ学園長の突然の思いつき でもあるのだろうと、ゆるい気持ちで任務に向かった。予想通り、任務自体は難なくこなし、それ以上の成果も得られたわけである。 しかし、最後の最後といったところ、つまるところ任務からの帰路に事態は変わった。他の忍びと鉢合わせたのである。 不幸中の幸いといったところか、情報収集の的であった城の忍びではなかった。が、二人は目の前の忍びら―タソガレドキの 忍軍が他勢力への動きを見せているところ、奇襲をかけようとするその時を運悪くも目撃してしまった。 忍びとは、他の目を避け動くものである。例えそれがどのような些細なことでも、見られたからには何らかの措置を取らねばなるまい。 案の定、不破と竹谷は目敏くタソガレドキ忍軍に見つかってしまったわけである。



(ど、どうする雷蔵。さすがに隙を見て逃げる、ってのは無理そうだぜ)
(・・・うん。もしかしなくても、やばいかもね)



忍たま五年生専用の矢羽根を飛ばし、視線は合わさずに言葉を交わす。無論タソガレドキ忍者には分かるはずはないのだが、 無意識のうちに二人は矢羽根の音さえも小さくしてしまう。


金髪の忍びが言葉を発してから、そう時間は経っていない。しかし、不破と竹谷にとっては永久のようにも感じ取られる。 つい、と金髪の忍びが目線だけを動かす先にはいつの間にかもう一人の忍びが立っていた。 しっかりと口元は隠され、ひらひらと風で黒の首巻きがたなびいている。髪も瞳も黒く、時折青にも見える。 その瞳は思考を全くと言っていいほど遮断しており、薄気味悪くも感じられる。底知れぬ何かに、不破と竹谷は知らず知らずのうちに 固唾を飲む。



「どうするもなにも、私が下知を放つわけではないでしょう」

「ええ?でもちゃん得意やん、こういうん」

「そやさけえ、部隊長は鵐先輩やと言うとりますやろ」

「あっ方言出た怒らんといてや」



どうやら、金髪の方は鵐、黒髪の方はというらしい。忍びがこんなにも簡単に名を名乗っていてもいいのかと思うところだが、 もし自分たちを今この場で消すつもりならばそのような杞憂は無きに等しい。そう思うと、体が自然と強ばる。 、という方は何やら聞きなれぬ方言を使っている。鵐という忍びの方の発言から察するに、怒ると方言が出るのだろうか。 そのようなことを何となしに頭の片隅で考え、一方ではどうやってこの場を脱するかと思考を巡らせる。 不破と竹谷の思考を知ってか知らずか、という方の忍びはちらりと二人を一瞥し、視線を傍らの金髪に戻し、一言。



「まあ、なんら問題はないでしょう」



え、と思わず不破と竹谷の口から漏れたのは仕方のないことかもしれない。いつ手を下されるのかと、情けないことにも少々 恐れを覚えていた二人だ、目の前の忍びから「問題はない」と発言され、驚くのにも無理はない。二人が呆気に 取られている間も、目の前のタソガレドキ忍者らはしゃべり続ける。「ほんま?」「どうやら、忍たまのようですし」「あ〜、 ハイハイ、忍たまなあ」「まあ、こいつらも阿呆ではないでしょう」 オイ、阿呆ってなんだ、阿呆って。二人で話すだけ話し、どうやら話はまとまったのか不破と竹谷の方は見向きもせずに、 たん、と金髪が一瞬で消えた。続いて黒髪の方も去るかと思われたが、どうやらそうではないらしく、 二人をじっと底の見えない目でみつめる。顔を出した月を背負い、月は真白の光を冷ややかに放っている。



「それじゃあ、喋らないでね」



目元を少しも動かさず、そう一言放ち、金髪と同じようにたん、と音だけを残し消えた。



「・・・なんだったんだろな、雷蔵」

「・・・なんだったんだろうね、ハチ」

「・・・帰るか」

「・・・そうだね」






BACK
初の忍たまとの接触。まだ仲良くない。
2014.7.25 吉切