3.好きとひとこと言えていれば、あの場所にいるのは僕かもしれなかった?

 





彼女は旦那が好きで、旦那は彼女が好きで。

そこだけ聞けば相思相愛のハッピーエンドな訳なんだけれども、そうはいかないのが現実。
俺も彼女が好き。

彼女が想いを寄せているのは旦那だなんて、とっくに知ってた。
けど、諦めきれない俺が居る。
どうしようもできない、どうしようもない、滑稽な恋だ。



神が居るのならば、なんて酷い神様だ。
















キ―ンコーンカーンコーン。聞き慣れたチャイムが今日の終わりを告げる。

教室は一層賑やかになり、喋る奴にすぐさま部活へ向かう奴など色々。
そんな中、俺は日直なので色々と仕事が残っていたりする。
ほんとう面倒くさいなー。今日はちゃんと帰りたかったのに。
彼女を待たせれるほどの立場でも無い俺は、声をかけることもできず。

はあ、と小さく溜息をつく。
最近はなんだか無意識に出ちゃうんだよなあ。・・・やっぱり疲れてんのかな、俺。

そんな自分に苦笑し、日誌を取り出す。
ペンを走らせようとすれば、鬼の旦那が近づいてきた。






「おーい、猿飛!今日一緒に帰らねェ?」

「あー、ごめん。今日俺様日直だからー」

「そういやそうだったな。よかったら待つぜ?」

「いやー、悪いし良いよ」






というか、鬼の旦那には悪いけどそういう気分じゃないんだよね。

俺がごめんねー、と言えば鬼の旦那は「いいってことよ。じゃ、明日な!」と爽やかな笑顔で去っていった。
廊下からは慶次の声が聞こえる。きっとそこらのメンバーで帰るんだろう。
鬼の旦那に俺の深層心理、バレてなきゃいいけど。
・・・まあ、あの人に限ってそれはないか。



鬼の旦那たちの喧騒を耳に、俺は再びペンを走らせる。

グラウンドからは運動部の声や吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。もうすぐ大会だし、気合入ってるんだろうな。
カキ―ン…と野球部が球を打ったであろう音。陸上部であろう軽やかな足音。
廊下からは人が喋る声が、どこか遠くから聞こえてくる。
いつも喧しく思っていたものたちが、どこか心地良い。ちょうどいいBGMみたいな感じだ。

太陽はそう高くはなく、オレンジ色の光が差しこむ。
机の影が、伸びている。


教室には俺一人。





( ・・・なんか馬鹿らしー )





青春とは上手く言ったものだ。青い春。・・・俺様の春は青すぎたみたいだけど。

日誌に今日の授業様子や休憩時間のことなどを書きこむ。
書いてはいるけど、正直俺はちゃんのことしか考えてないから真面目に書けない。
なんとなくノリで書いてるんだけどね。
そういう辺り、俺は本当に末期なんだと思う。




一通り書き終え、ふうと息を吐く。

グラウンドを何処か遠い目で見る。見てはいるけど、見れない。
そんな時。






「ふー、危ない危ない。もうちょっとで課題に必要な教科書忘れるとこだった・・・!」

「・・・ちゃん?」

「お?佐助?どしたの、こんな時間に教室でー」






どこか呑気な、愛しい声。

ガララ、とドアを開けて教室に入ってきたのは紛れも無く、俺の想い人。
台詞からして数学の教科書でも忘れたのかな?

俺が声をかければ、のほほんとした口調で・笑顔で声をかけてくれる。
それは、もう俺が好きなそれ。
こういうことに成る度に、俺は口元が緩みきってしまうんだ。


「俺は日直だよー」「あ、なるほど。そういえば今日だったね」なんて他愛の無い会話。
それでもちゃんと話すのは、何度でも何回でも楽しい。
彼女が俺との会話で笑ってくれる。それだけで本当に俺は嬉しいんだよ。



目的であった数学の教科書を見つけたらしい彼女は、俺の前にやってきた。
俺の前の席の椅子を俺の方に向け、そこに座る。
にこにこと、変わらない笑顔でだ。






「ど、どしたの?」

「ん?佐助の日誌、見ようかなーって」





にこ、とまたもや笑う。ああもう、なんでこんなに可愛いんだ。
ちゃん、アンタは旦那が好きなんだろ?駄目じゃない、俺みたいな男にそういう態度で接しちゃ。

期待しちゃうでしょ。





「んふ、それは嬉しいけどちゃん急いでるんじゃなかったの?」

「えーとですね。よく考えたら時間あったんだよね」

「?」

「いや、一緒に帰る人が部活あるからさ。私は暇なわけですよ!」





さっきのはノリだよ!と笑う彼女。


なるほど。それなら納得がいく。

けど、正直に言うと俺はもう日誌を8割書き終わったんだけどなあ。
でもちゃんとは過ごしたい。一分でも、一秒でも長くいっしょに居たい。
だから日誌を書くの、少しゆっくりしただなんて口が裂けても言えないよ。



俺が日誌を書いてる間も、ちゃんは喋っていた。

それは至って普通の内容で。今日の授業でのこと、休憩時間でのこと、友達との他愛のないこと。
今日の今川先生の授業はいつもに増してうざったかったとか、
伊達の弁当がやけに美味しかったとか、購買戦争で人気商品をGETできたとか。
そういえばもうすぐテストじゃん!と嘆く彼女に、苦笑する俺。
普通の高校生の会話。
けど、ちゃんの口から話されるそれは、俺にとっては微笑ましいものばかりで。
相槌を打てば、やけに嬉しそうに話す彼女は愛らしかった。






「でねでね、佐助!中庭で毛利君が光合成をしていて!」

「うんうん。いつもの毛利の旦那だねえ」

「目の錯覚かは分からないけど、毛利君光ってたよ!

え、それどういうこと?





毛利の旦那、ついに自らも光を放つように・・・。




それからも俺とちゃんは話しつづけた。
ぶっちゃけ俺は大分前に日誌を書き終わったんだけど、それでも話した。
ちゃんも気にしていなかったみたいだし、俺今日がんばったし、それくらい許されるでしょ。
おかげで俺はすっかりちゃんを充電できた、んふ。



太陽は前より低くなって、影はより伸びてる。

グラウンドの雰囲気は変わり、終わりが近い感じだ。時計を見れば下校時刻が近い。
うちの高校はテストが近くなると、部活時間が短くなる。
(ついでに言うと、テスト週間は午後の授業は無い。)
もうじき、どの部も終わるのかな。



目の前の彼女は、相変わらずにこにこしている。
それと共に、どこか落ちつきなく体を揺らしている気もする。ソワソワしてるというか・・・。
そういえば今日はやけに、テンションが高かったなあ。
いつものほほんと話す彼女だけど、今日はやけに饒舌だった気がする。






ちゃん、今日なんか良いことあった?」

「え?!う、・・・わ、分かる?」

「うん、まーね」






そう言えば目の前の彼女は赤面する。

あ、これは、やばい、んじゃないか。

いや、赤面するちゃん可愛くてちょっとクるっていうのもあるんだけど。
そうじゃなくて、これは、駄目だろう。
嫌な予感しかしない。なんで俺、あんなこと言ったの。



生徒たちの声が聞こえる。喧騒が遠い。閑かだ。


ちゃん、固まってないで笑ってよ。喋って?
俺も俺だ、固まってないで喋りかけろよ。でも駄目なんだよ、喉が変に乾いちゃう。
考えているけど、考えられない。声を出そうとしても、喉でつっかえる。てゆーか、なに喋ればいいの?
駄目だ。

駄目だ。

分かってるよ、彼女が嬉しい理由。
だって彼女を想ってきたから。見てきたから。



彼女が何処か遠い。可笑しいな、目の前に居んのに。
視界がオレンジ色だ。見なれた橙色が、今はただ悲しい色だ。






「っー!じゃ、あ、帰るね。待たせると悪いし・・・」

「っあ、ああ、そだね。じゃ、また明日」

「うん、ばいばい」





ぱたぱたと、可愛らしい足音が遠ざかる。

彼女の残り香が香ってきた。柑橘系の彼女の香り。
日誌をパタンと閉じれば、教室に響く。彼女が来るまでも俺は一人だったのに、どこか寂しい。
俺ってこんなに弱かったのかね。



静かに立ちあがり、窓の傍に行く。

見下ろすと彼女の姿があって。もう外に出たんだなー、とか呑気に考える。
そしてそんな彼女の横には、見慣れた赤が居て。
長い髪を尻尾のように揺らしてる、見慣れたその人。


さっき以上に嬉しそうに笑っているちゃん。頬を赤らませて、綺麗に笑ってる。
その横で、同じく頬を赤らませて笑っている旦那。普段「破廉恥!」など叫んでいる様子からは想像できない。
幸せそうに笑いあってる二人。
恋人とも見て取ることは、できないことはない。むしろお似合いだろう。






(・・・俺様、馬鹿過ぎでしょーよ・・・)





つくづく自分が嫌になる。


分かっているのに、できない。

彼女は旦那が好きで、旦那は彼女が好きで。そんなこと、とっくに分かっていたのに。
諦めればいいのに、彼女が好きで仕方が無い。
彼女の笑顔を見るのは好きなのに、その理由が胸を締め付ける。

もし、もしもあの時俺が彼女にこの想いを告げていたら、とすれば
あの場所に・・・彼女の横に俺は居ることができたんだろうか?





もう生徒たちの声は遠い。
校舎内は静かだ。
景色が橙色に染まる。
彼女の香りが薫って、何故かツ―ンときた。
彼女が告げたばいばいが、大きなことに思えた。



視界が、にじんだ。





「・・・っぅ」





どうしようもないくらい滑稽な恋を、想いを、涙にのせた。
けれども、その涙が枯れることはないんだろう。

どうしようもなく、苦しいよちゃん。