1.きっかけがなかったわけじゃない、でも勇気がなかった







「佐助」






俺を呼ぶ優しい声。いつからその声が大好きになったんだろう。
そんなことは覚えてないけど、いつのまにか、好きになってた。

君が俺を呼べば、世界が色づくわけ。

自分でも信じられないくらい、世界が、喜びに満ちる。




君は、そんなこと知らないんだろうね。














「佐助ー、おーい、さーすけ!」

「っあ、え、なになに?俺様にご用?」

「おいおーい…さっきから何回も呼んでたんだけど」







ふと前を見てみると、大好きな声の主がいた。
どうやら何回も俺を呼んでたようだけど…それにも気づかないなんて、重症だ。

いまだぼんやりとしている俺に、手を振る彼女。
ちょっと心配そうにこちらを覗きこむ顔は、何処までも愛しい。


…惚気だよ、そう。完全に、ね。










「放課後さ、委員会あるから!忘れないでよね」

「あはー…完全忘れてマシタ」

「ちょっ!まあ、そんなこったろうと思ってましたー」







…マジで完全忘れてたよ。

俺は彼女と同じ委員会に所属している。
本当面倒なんだけど…彼女と居られる時間が増えるのは嬉しい限りだ。
そこ、不純とか言わないでよね!俺様、マジで純粋な恋ですから。


俺が視線を宙に泳がせ、頬を掻きながら言えば彼女は笑う。からからと。






彼女の名前は、 

肩くらいまでの真っ黒な髪で、前髪をピンでとめてる。
ホント綺麗で、ちょうど良い位置にあるもんだから…つい撫でちゃうんだよねー。
それで、くすぐったそうに身じろぐ時の顔が、これまた可愛くて…!!

背丈は平均的。特別痩せてもないし、太ってもない。
顔も特別べっぴんって訳でもないし、かといって醜いわけでもない。
どこにでもいる、平凡な女の子。

性格は涙もろくて、よく笑ってて、世話焼きで、お人好しで。
よく友達と楽しそうに話してる姿を見た。





そして、俺はそんな彼女に恋をした。










出会ったのはいつだったろう。
かすがの親友ってのは知ってた。かすがが煩いくらいに言うもんだから。

いつだったか、学校でかすがと彼女が一緒に居るのを見かけて。
面白半分で、近づいた。(かすがが、かなり威嚇してきた…)
容姿端麗で全校でもかなりモテるかすがの隣に立つ、女の子。







(・・・別に、普通、じゃん)







が、ぶっちゃけ初対面で抱いた気持ち。


また翌日。かすがと一緒に居る彼女を見かけた。
その翌日も、また翌日も。なんか、よく見かけるようになった。
それでいつしか、自分から彼女の姿を探すようになっていた。

そこで初めて、









(…え、なに俺様、あの子のこと探しちゃってるワケ?)







(やっと)自覚。

ホント気がつけば彼女の姿を探していた。休憩時間、お昼、放課後。
そして、彼女の姿を見つけては心が浮き立って、傍に駆け寄る。


もしかすると、実は初めて逢ったときから、惹かれ始めていたかもしれない。


(かすがはすごい睨んで威嚇してきたけど)彼女と話すようになって、想いは募る一方。
すごく他人想いの子で、世話焼きさんで、お人好しで。
俺様が守らなきゃ、って思わされる。


学年がひとつあがって、同じクラスになったときは本気で喜んだ。
これ以上ないくらいに、かなり舞いあがってた。

今まで以上に喋ることができたし、一緒に居る時間も増えた。
お昼だって一緒に食べるようになったし(余計な虫もいたけど)
一緒に下校するようにだって、なったりした。

たまにだけど、休日遊ぶようにもなった。









とりあえず、彼女が、彼女と過ごす時間が愛しすぎるんだよ。








ふと、突如聞き慣れたチャイムが鳴り響く。
次の授業が始まる…次は、歴史、だったかな。

ざわざわと騒いでいた周りが慌しく自分の席に戻り始めると、
俺の前に居た彼女もチャイムを聞くなり、急いで自分の席に向かう。
その際、こっちを向いて「じゃ、放課後ね!」と言っていった。


その言葉に、顔をにやつかせてしまう。







(おっっと〜、俺様そーとー重症ね、こりゃ…)





にやける口元を手で押さえる。
自分でも、単純な奴だとは思う。けど、これはどうしようもないんだって!





北条先生が教室に着き、授業を開始する。
とはいったものの、いつも話が脱線して北条家の栄光について散々語られるだけだけど。

退屈な授業、というか毎授業彼女を観察するのは恒例。
…気持ち悪いとか、言わないでよね!傷つくからさ、結構!



ペンでとんとん、と軽くノートをたたいたり、ペンの先を、顎に当てたりは彼女の癖らしくて、たいていやってる。
教師の話なんて、そっちのけな俺。





と、そこで彼女がふと視線を泳がせた。
その先は、窓越しのグラウンド。さらに言うならば、そのグラウンドでやってるものだろう。
彼女は一番窓際の席で、丁度真中ぐらいの位置。
俺様は一番後ろの、彼女のちょっと右後ろ。(だからよく見えるわけ)


グラウンドでは、ちょうど隣のクラスの男子が体育をしている。
多分、やってる内容は同じだからサッカーかな。


グラウンドのその様子を見る彼女の目は、優しい。
口元も緩い弧を描いて見えるのは、きっと気のせいじゃないだろう。
たまに、目を細めて静かに笑う彼女。









(…ほんと、いつも優しく笑うよね)








彼女の視線が、どこに、誰に向いているのかは分かっている。
もう、分かった。今じゃ嫌でもわかる。わかってしまう。





(あー、もう…俺様のお馬鹿さん…)




なんか心の中でぐるぐると渦巻いてる。
やだな、あー、やだ。ホント、自分が嫌になる。


















放課後になって、俺は彼女と委員会に。
委員会はそこまで長くなくて、すぐ終わった。そしてそのまま、図書室に。
今日は当番だから。

俺は一番この時間が好き。
彼女と一緒に居られるし、いっぱい話せるし、人が居ないときもあるから二人っきりだったり。
だからこの方、当番をサボったことはない。







「っと、 ちゃーん!この本って、ここでおっけー?」

「あー、うん!そうだよー!」

「ほいほいーっと」






さっき返却された本を本棚に返す。彼女はカウンターで、本の確認。
もう見慣れた風景だったりして、結構俺は好きだったりする。

本を全て本棚に戻し、彼女の居るカウンターへ行く。
パソコンを器用に使い、本の貸し出しだったりを確認する彼女の横にさり気なく座る。
これも定位置。

なんとなく近くにあった本を手に取り、頁をめくる。
あまり興味はないけど、なんとなく読んでみる。




と、そこで彼女が何気なく声をかけてきた。












「佐助ってさー、好きな人とか居るの?」

「あー、うん、好きな人……っえ?」

「うん、好きな人。居ないのー?って、そんな吃驚しなくてもよくない?」

「え?あ、ああ。うん。」








彼女は苦笑するけど、俺はそれどころじゃない。
思わずさっきまで読んでいた本を落とすところだった。


っていうか、なんで今こういう話を持ちだすんだろう。


ちょうど彼女の手元には、恋愛ものの本が置いてある。チェックしたときにでも見つけたのか。
彼女は、ほんとただの興味本位で聞いたんだろうけど。

今の俺には、その話題は…期待してしまう。







「えーと・・・突然なに?」

「え?いや、ちょっとした興味なんだけどね」

「…」

「佐助ってホラ、学校でもモテるでしょ?彼女とか居るのかなー、って」

「いや、別に俺様そんなモテないし―…」

「またまたー!日常茶飯事のように告白されてるでしょー」








ちくり。

あー、なんだこれ。胸が痛いんだけど。
彼女はからからと笑うんだけれど、俺にとっては面白くも何ともない。



だって。


俺の好きなひとは、










「えーと、ね。俺様の好きな人ー…は」

「え?居るの?だれだれ?」

「…えー、と」






興味津々な顔だ。多分、俺の想い人を知ったら応援してくれるんだろう。
友人だったり、知人だったりしたら協力してくれるんだろう。
お人好しで、世話焼きな彼女のことだから。








「俺様の好きな人は、ね」

「うん?」

「………」







なにかを期待するような目で彼女はこっちを見る。

言えって、俺。言っちゃえよ。こんなチャンスないかもしんないよ。
でも、ここでいったら今までの関係が崩れちゃいそうな気がして。
今まで、こんなことなかったのに。


ああ、鼓動が早鐘のように鳴り響く。
なんか頭が真っ白になりそうなんだけど。
あれ、こんな暑かったっけ。汗が出るんだけど。

時間が早いような、遅いような。

早く過ぎ去って欲しいような、止まって欲しいような。






言えって。

おい、俺。











「…あはー、なんでもないよ」

「え?!」

「んふー、気にしない気にしなーい。それより、早く仕事終わらせちゃわない?」

「っあ、そだね!もう下校時刻も近いし…」

「そんで一緒に帰らない?」

「ん?いいよー。あ、かすがもいるけどいい?」

「あはー、もちろん」












ああ、もう俺様のお馬鹿さん。