「うわっ、先輩めっちゃ手つめたっ!」
「うわ、赤也手あつ」
とある日、立海大学付属中テニスコート。今日も今日とて、テニス部員は練習に励んでいる。常勝、全国3連覇にという
信念は相変わらず揺るがないようだ。
11月に入ったいま、放課後ともなれば木枯らしが身にしみる。いや、もう木枯らしと言うレベルではないかもしれない。
夏は異常なほどに暑かったのに、11月に入った途端これだ。寒すぎる。温度差が激しすぎる。この急激な温度差に
誰もが耐えうるわけではなく、立海でも風邪が流行っていた。生徒が次々に脱落していく中、このテニス部(レギュラー限定)だけ
は別だった。全員が部活に顔を出しており、練習に精を出している。真田に至っては、寒さなどものにしないほどだ。
夏の全国終わったいま、部活を動かしているのは2年生だ。気合は充分といえるだろう。
そんな中、コート際での声。言わずもがな、一方は期待の新人である1年生の切原赤也。いまは、2年生によるラリー(とは言っても
半分試合みたいな打ち合い)なので、赤也は見学しているのだろう。そして、そんな赤也の隣にはが居た。
立海大付属中テニス部の貴重なマネージャーだ。赤也と同じく、ラリーを見ていたようでコート際に立っている。
部活中にも関わらず、聞こえてきた私語。赤也の大きな声に、真田が反応したのは言うまでもない。
「先輩、手冷たすぎじゃねっスかー?」
「あー、うん。私、冷え性だからかな」
「そうなんスか?」
「うん。赤也は温かい通り越して、軽くあついね」
「そりゃー運動してきましたから。あと俺、もともと体温高めなんで!」
ニコニコ笑う赤也に、は「温かいなー」など言う。先ほどからの会話から察せるように、いま赤也とは手を繋いでいる。
詳しく言えば、赤也の手に重ねるようにの手が置いてある。赤也の手のひらは上を向いており、そこにの手が
置いてある形だ。傍から見れば、なにイチャついてんだ感が満載。もちろん、赤也はそれを計算しての行動だ。
最も、にはその気はこれっぽっちもないだろうが。
その様子を見て、からかいにくるブン太。怒鳴りたてる真田。物静かに赤也の練習メニューを3倍にする幸村。様々な
反応を見せるレギュラーたちの中、一人だけが黙々とラリーを続けていた。
*
あたりはすっかり暗くなり、ちらほらと星が見える。あれから数時間、立海一活動時間が長いといわれるテニス部の練習は
終わった。部員たちが帰路につく中、は部室に残っている。今日のうちに部費の調整をしておきたかったからだ。
明日にでも出来ることなのだが、今日のうちにやっておきたかったのだ。黙々と作業を進めること数十分、時計を見れば
6時半を回っていた。
「うわ、やば」
こんなに時間が経っていたとは思わなかったのか、の口から思わず言葉がこぼれる。机に広げていたノートを閉じ、
急いで帰りの支度をする。忘れ物が無いか確かめ、マフラーを急いで首に巻き、部室を出る。
部室の扉の鍵をしめ、しっかりと戸締りを確認し、「よし」と心で呟いた瞬間。首につめたい何かが触れた。
「っ!?!?!」
「遅かったのう」
「に、仁王か。び、びっくりした・・・」
「そりゃー、驚かそうと思ったきに」
言葉にならない悲鳴を上げ、急いで後ろを振り向いてみれば見慣れた顔。口元のホクロが特徴的なその人、仁王雅治だ。
その表情は何を考えているかいまいち分からず、無表情に近かった。
仁王はと言えば、いまだその手をのマフラーにつっこんだままで。さきほどの冷たい何か、とは仁王の手だったようだ。
それにしても冷たい。冷たすぎる。冗談抜きで体温が奪われるのではないかと、は思う。
仁王と向き合った体勢になったにも関わらず、相変わらずの首には仁王の冷たい手。
じ、と訴えるように仁王を見れば仁王もこちらを見るだけ。
「・・・冷たいんですけど仁王サン」
「そうじゃろな、サン」
「離して欲しいです」
「嫌じゃ」
きっぱり、そう言われた。が思わず心の中で「ええええ」と叫んでしまったのは仕方ないことだろう。
仁王とは数ヶ月前から付き合い始めた。告白したのは、仁王。何故自分が告白されたのか、いまだには不思議に思う。
そんな仁王と付き合い始めて、いまだに進展はない。あまりない、と言った方が正しいかもしれない。
手は繋いだ、デートもした、キスもした。だが、これといった展開はないのだ。別に、嫌っているわけではない。
嫌っていたら付き合っていない。いまだ、掴めないのだ。仁王が。掴めないというか、分からない。
というか、どう接したらいいのか分からない。恋愛経験が豊富ではないにとって、どうすればいいのか全く分からないのだ。
だから呼び方も、付き合う前から同じの「仁王」。仁王も自分のことを「」と呼ぶ。
そんな関係で、数ヶ月。昨日も、一昨日も仁王に会ってるはずなのに今日は変だ。
部活中もあまり話さなかったし、部活が終わったあともあまり出くわさなかった。部活が始まるまでは、普段どおりだったのに、だ。
「・・・」
「・・・」
お互い無言が続く。と、思えば「」と仁王が呟く。そして、今度はそっと手をの頬に当てる。触れているのか、疑うほどの
力で。何事かと仁王を見れば、相変わらず読み取れない表情。それでも、少し仁王の眉間にしわが寄っているのが分かった。
そういえば、仁王はずっと待っていてくれたのだろうか。ふとは考える。
この寒空の中、が仕事を終わらせるまでの数十分。ずっと外で、待っていたのだろうか。
仁王は確か、寒いのは苦手だったはずだ。それなのに、待っていてくれた。はずだ。
そう思うと、なんだか胸が苦しくて。でも、これは悪い意味の苦しいじゃなくて。なんと言えばいいのだろうか。
それにしても、なんで仁王はこんな表情なのだろうか。怒っているのだろうか。だとしたら、何にだ。必死に考えた末、
ある情景を思い出す。今日の、さっきまでの部活の時間の出来事だ。そういえばあのとき、仁王は自分のところに来なかった。
そういえば、あれから仁王は私と喋らなくなった、かもしれない。
だとしたら、もしかすると。
そう考えてふと、仁王の手に自分自身の手を重ねる。その突然の行動に、少しだけ仁王の表情が変わった。
驚いたような、困ったようなそんな表情だ。そして、そのまま手を下ろし、仁王の手のひらに自分のそれを重ねた。
仁王の細く、それでも男性なのだと思わせるゴツゴツとした手。それより少し、小さいの手。
「うーん、冷たい人同士が手を重ねても、何もないね」
「・・・赤也はさぞ温かかったんじゃろうなあ」
「・・・」
「は鈍すぎじゃ。もっと意識して欲しいのう」
そう言って、やっと仁王の表情が和らいだ。とは言っても、呆れ顔というか苦笑という言葉の方が
しっくりくるのだろうが。それでも、そんな仁王の表情にの口元も思わずほころぶ。
仁王からやっと紡がれた言葉に、少し嬉しく思う。今日の部活のときの事、仁王も見ていたのだ。赤也と手を重ねた。
の方にその気は無くても、仁王の機嫌を悪くさせるのは充分だった。その後、と話さなかった理由は簡単で。
世間一般で言う、拗ねる、状態だったのだろう。そんなこと本人に言えば、何を言われるか分からないが。
口を尖らせ、ぶつぶつ言う目の前の人物に自然と眉尻が下がった。その反面、口元は弧をえがく。
少し、仁王に近づいた気がしたのだ。いままで分からなかった彼のことが、少し知ることができた気分だ。
「なに笑っとるんじゃ」
「ごめん、もうしません」
「・・・ピヨ」
「もう雅治にしかしない、です」
そう言えば、目の前の人物の目が見開かれた。初めて、こんな表情を見たかもしれない。今日は、色々な顔を知ることが
できるなあ、と心の中で暢気に思ってしまう。
実は、最後のはずっと言いたかったりする言葉だった。謝罪の言葉は、もちろん笑ったこともだけど。もうひとつのこともだ。
「・・・いま、ここでそれは反則じゃ」
「うん、ごめん」
「はー、コート上の詐欺師といわれる俺がこの様ぜよ・・・」
「ふふ、ごめん」
「謝りなさんな。・・・ほんにには敵わんぜよ」
そう言って笑う仁王。今度は、正真正銘の笑顔だ。目を細めて、笑っている。
ふと、の指に仁王のそれが重ねられる。急な行動に、思わず仁王の方を見てしまうに、笑う仁王。
してやったり、とでも言いたそうな顔だ。
どちらからともなく、歩き出す。もちろん手は繋がれたまま、二人で肩を並べる。
冷たかった二人の手は、いまはもう温かい。これからきっと、冷たい指先はお互いを探す。
リンクしたつめたい指先
(冷たいキミの指先と、僕の冷たい指先が繋がった)
2012.11.03 UP