俺には好きな人が居る。先輩の、さん。いや、本人の前でさんなんて呼べないけど。
せめて、ということで心の中ではこう呼んでいる。それはまあ、さておいてだ。
その先輩は、丸井先輩や仁王先輩と同じ3-Bで仲が良いみたいだ。俺が2年生になって、いつものように先輩の教室に行った時に、
初めて見かけた。
丸井先輩や仁王先輩と楽しそうに話していた。先輩たちと普通に話す女子って珍しいなー、って思って、それが最初。
俺は昼休みになるとしょっちゅう遊びに行っていたから、さん本人との距離を縮めるのも時間はかからなかった。
話しているうちに、さんという人はどういう人なのか分っていった。分っていったと共に、
(あ、俺この人のこと好きだわ)
と思えるようにもなった。だけど、そんなすぐ告白なんてできるわけねぇし。
いつも通りに接して、過ごしてきた。先輩が俺に向ける言葉や笑顔は変わらない。丸井先輩や仁王先輩に対するものと同じだ。
(いや、それよりちょっと下かもしれない)
変わらない態度(まあ、俺の気持は伝えてないから当たり前なんだけど)に、嬉しいような気持ちと。
なんか胸がモヤモヤするような、変な気持ちとが混ざりあっている。今現在もだ。
学校がある間は、会える。だが、今は夏休みだ。
終業式が終わったその日から、俺はさんと会えていない。恐ろしいまでにだ。
さんは確か文化部だから、夏休みの部活日は少ないのかもしれない。だけど、ここまで会えないって、なんか
泣けてくる。
先輩が居ないかと探していると、真田副部長に怒られるし(「集中せんかー!」って怒鳴られる)、丸井先輩と仁王先輩には
ニヤニヤされるし(絶対俺の気持ちを知っている)。
なんか、もう、なんだっけ。こういうときに使う言葉。しちてんはっとう?
会えないと、さんの中の俺が薄れていく。ただでさえ今は、「仲の良い後輩」というだけのポジションなのに!
っていうか、俺の中のさんが足りない。充電したい。さん補給したい。
さんに会いたい。なんで俺、メアドとか聞かなかったんだ。
先輩たちには教えて欲しいとか言ったら、絶対なんか裏がありそうだし・・・。
そんな感じでモヤモヤと考えていた毎日だった、とある日。
「赤也?」
「え?」
もう、これは運命なんじゃないかと思ったね。
いつもどおりの部活帰りに、ちょっとスポーツショップに行こうと思って俺は寄り道をした。
行きつけの店に言ったら、求めている商品はなく。少し離れたとこにある、大型のスポーツショップに俺は向かった。
その帰り道、海沿いを歩いていると、突如俺は肩を叩かれた。こう、ポンと。
なんだと思って振り返ってみれば、見慣れたその人。
俺がずっと会いたかった人、さんだった。
「え、先輩。」
「先輩でーす。久し振りだね、赤也」
「あ、お久し振りっス。えーと、な、んでこんなとこに居るんスか」
そう、その通りなんだ。
俺に久し振りだね、と笑顔を見せてくれるさん。こんなとこで会えるわけがない。いや、会えてすげえ嬉しいんだけど。
嬉しすぎて、夢なんじゃねーの?って思ったりもする。マジで。
この海沿いの道、つーかここらは立海がある場所とはかけ離れている。かなりの距離だ。
先輩たちからの話を聞いていた限りでは、さんの家は立海に近いらしいし。
だから、こんなとこで会えるなんて本当運命じゃねーのとか、ちょっと本気で思ったりしちゃうんだけど。
俺が問いかければ、「ここの近くにおばあちゃんの家があるんだよね」と答えるさん。
なるほど、そういうことか。
さんの話によれば、夏休みということでここ数日キセー?してたらしい。
だから、学校で会えなかったのか。別に、誰かの陰謀とかそんなんじゃねーんだ。なんか安心したわ。
俺とさん、二人並んで海沿いの道を歩く。
夕方だからか、人はそんなに多くない。夕日にきらきらと光る海が、綺麗だ。・・・ちょっとイイ雰囲気じゃね?
「赤也こそ、どうしてこんなとこに?」
「あー、近くに大型のスポーツショップあるじゃねっスか。そこに、テニシュ買いに行ってきたんス」
「へえ。テニシュ、ダメになったの?」
「そうなんス。まだ履けるんスけど、ちょっと不安なんで。」
「なるほどねー。相変わらず、熱心だねえ」
そう笑うさんは、夏休み前の笑顔と変わらず。相変わらず、俺の好きな笑顔だった。
熱心だ、と言われて内心うれしい。それって、テニス頑張ってるねって褒められてんのと同じだろ?
いや、違ってても嬉しい。相変わらず、って俺のこと今までも見ててくれたってことだよな。
そんな細かいことにまで、俺は耳を傾けて、言葉の意味を考えてしまう。
自然と顔がニヤけてしまう。
ふと、隣のさんが呟く。
「少し、寄り道していこうか」
「え?」
そう言ったと思ったら、俺が返事をする前にさんは進路を変える。
右に反れて、小道を行く。その道は、隣の海に繋がっていて。さんは、砂浜を歩いていく。
さんは私服だから、足もビーサンということでさくさくと進む。それに反して俺はローファーだから、あまり歩きやすいとはいえない。
いっそ脱いじまおうかな。
少し、海に近づいて。でも、波打ち際から程遠い距離。そこに先輩は腰を下ろす。
「うおー、海綺麗だなあ」
「そーっスねー」
俺からしたら、いまは海どころじゃねーんスけどね!!
こんな至近距離(というほどでもないかもしんねーけど)にさんがいる。しかも、二人っきりでだ。
いや、遠くとかもしかしたら後方に一般人も居るかもしんねーけど。俺的に、二人なんだよ。
腰を下ろす先輩の後ろに、俺は立つ。
ふと、さんを見ればまっすぐと海に視線を向けている。その顔が、どこまでも綺麗だと思ってしまう俺はかなり重症だ。
さんにつられるかのように、俺も海に視線を向けてみる。海は夕日でオレンジ色になっていて、綺麗だ。
きらきらと光が反射して、波の音が心地いい。吹く風が、頬を撫でて気持ちいい。
俺は柳生先輩みたいにロマンチスト?じゃねえけど、これはすごくいい感じだというのは分かる。
「先輩」
「ん?」
俺が声をかければ、海を向いたまま返事をする。いつもならちょっと寂しい感じがするけど、今は別にいい。むしろ助かる。
なんでだかは分かんねえけど、いまさんに顔を見られたら、なんか困る。気がする。
相変わらず、海をまっすぐと見続けるさんに、俺は言葉を続ける。
波の音が、響く。
「そのままで聞いててください」
「?うん」
「俺、先輩のこと」
「さんのこと、」
「好きっス」
気が付いたら、そう言っていた。
ほとんど、無意識だったんじゃないのか。なぜか、今、言葉が口から出ていた。
なんか、今言わなきゃダメだな、とか思ったりしたんだと思う。今、伝えないとダメな気がした。
さざなみが聞こえてくる。いつも身近な、海の音。風も吹いている。
さん、ちゃんと聞いてくれたのかな。つか、聞こえたかな。
「え、っと。え?」
「あー!ダメっス!!後ろ、向かないで!!!」
俺の決死の告白(?)が聞こえたのかは分らないが、疑問符を浮かべているさん。
うっかり俺の方を向こうとしたのを、大声で止める。いや、マジで今振り向かれたら困る。
絶対、いまの俺の顔は赤い。もう耳まで赤いと思う。首の辺りも心なしか熱い。やべえ、超恥ずかしい!
うわ、なんか変な汗でてきた。やばい、心臓の音うるせえ。さんに、聞こえたりしないよな?
「・・・」
「・・・」
沈黙が流れる。すげえ気まずい。俺の前にしゃがんでいるさん。その耳も、心なしか赤くなっている、と思うのは俺だけだろうか。
うわあ、なんだこれ。さんの様子みたら、余計恥ずかしくなってきた。絶対、体温上がってる。
ダメだ、これ以上の沈黙はまずい。俺が保たない!!!
そう思うや否や、俺は目の前のさんの腕をひっぱる。
「先輩、帰りましょ!!」
「え?あ、え、うんっ」
さっき勢いでさんって言っちゃったけど、やっぱり恥ずかしいわ、これ。
さんの手を引いて、歩き出す。最初は走ろうかと思ったけど、さん大変かな、と思ってやめた。
勢いで手握っちゃったけど、いいよな。さん、振りほどかないし。・・・手、熱い。
俺が熱いのか、それともさんが熱いのか、はたまた両方か。どれかは分かんないけど、その右手の温もりに
胸が高鳴ったのは事実だ。もしかすると、ニヤけてたかもしれない。
ぶっちゃけ帰り道はそんなに話さなくて、不自然に会話するだけだった。
砂浜での沈黙とも、あまり変わらなかった気がする。けど、こっちの方がまだマシ・・・だと思う。
ただ、帰り道の途中
「赤也、ありがとね」
と小さな声で言ったさんの言葉は、絶対俺は忘れない。
そして、嬉しそうに微笑んだ顔も絶対に忘れない。俺はこの日を、忘れない。
サマーインプット
(この夏を、俺は鮮明に脳に、耳に、心に焼付けた)
2012.8.21