初めて彼女の泣き顔を見たのは、確か・・・5月ごろの話だった。
俺は借りていた辞典を返そうと、図書室に向かった。図書室に着いて、返却の籠に辞典を入れ、
部活に向かおうとした。
だが、その足はとめられた。人の気配がしたからだ。
人気のない図書室。そういえば今日は解放日だっただろうか。
おもむくままに足を進めた。何故かは分からないが、足が進んだのだ。
そして、俺は足を止めた。
(・・・・、だったかの)
窓際に彼女は居た。
椅子だけを持っていて、窓にもたれ掛かるように座っている。そしてその手には、本。
まあ、図書室なのだから当たり前だろう。
そして、その彼女の頬には涙が流れていた。
とは今年、はじめて同じクラスになった。それまではなんら関係などない生徒。
名前も今年初めて知った。知ったが、それ以上は何もなかった。
クラスではそれなりに友人もいるらしいが、休み時間はいつも消える。(らしい)
授業中は、特に何かあるわけでもなし目立たない生徒だ。
そんな彼女が、いま、ここに居る。
なぜ、泣いているのだろう。ふと彼女の手元に視線を落とせば、一冊の本。
もしやそれが原因なのだろうか。だったら俺は凄いと思う。一冊の本で涙するなど、到底できない。
綺麗な横顔だ、と思った。
そしてまた、俺は二度目の彼女の泣き顔を見ることになった。
「・・・・?」
「っ、は、はい。、ずいまぜん」
「あ、ああ。む、無理するな?」
クラス一同、の方を見る。全員、とても不思議な顔をしている。
教師に至っては若干オロオロまでしている。まあ、それもそうだろう。
女子生徒が英語の授業中に泣き始めたら、誰だって驚く。俺も事実、驚いた。
のずずっ、という鼻をすする音が響く教室に、乾いた夏の風が入り込んだ。
季節は夏。そして、英語の授業中。長文の話を読んでいた最中だった。
戦時中の上野動物園にいた三頭のゾウの話だかなんだか知らないが、そんな感じのお話。
なんとなーく聞いたことあるような話じゃなー、なんて思っていたら何処からかすすり声。
が涙ぐんでいた。
(え?なんで?)
確かに可愛そうな話ではあるが、そんな泣けるほどではなかった。
クラスの中には顔を歪めるヤツや、「かわいそー」など呟く女子も居たりしたが。
(ブンちゃんに至っては、「ゾウって食えんのかな・・・」とか言っておったしの)
そんな中、は泣いていた。は俺の右斜め前の席だから、すぐ分かった。
隣の席のヤツなんかは、何回も瞬きして吃驚していた。
そして冒頭に戻る。
オロオロしながらも授業を再開する教師。チラチラとを窺う生徒たち。
俺はといえば、頬杖をついて、ペンを回しながらそれを見ていた。
そしてやっぱり、
(綺麗な泣き顔じゃのー・・・)
何故だか素直にそう思えた。
*
昼休み。女子に囲まれる前に俺は屋上へと向かう。
階段を駆けぬけ、人気のないがらりとした踊り場を抜け、錆びれたドアノブに手をかける。
ガチャ、と開ければギィと不気味に音を立てるドア。
開けた途端に乾いた空気が俺の目の前に広がり、夏の風が吹いてきた。
目の前には清々しいまでの青空。・・・暑い。やはり屋上に来たのは間違いだったか。
だが、ここほど人が居ないスポットはない。
せめて、ということで俺は給水塔の日陰を目指す。
コンビにで買ったパンを片手に、ぶらぶらと歩いていたら
「・・・」
人が転がっていた。いや、転がって・・・寝転がっていた、といえばいいのだろうか。
日陰になっているところで、寝ている。
そして、その寝ている生徒とやらはだった。そして、またしてもは・・・涙を流していた。
(・・・・寝ているんじゃよな?)
寝ながらも涙する彼女。
何故、彼女はこんなにも泣いているのか。なにか定期的に泣かなければ行けない理由でもあるのか。
何故、こんなに泣けるのだろう。
寝ながら泣いているのだから、夢か何か見ているんだろうが、どんな内容なんだ。
怖い夢?悲しい夢?
どちらにせよ、やはり彼女の泣き顔は綺麗だと思えた。
*
「っちゅーことがあったのう」
「いや、初耳なんですが」
そう言えばくつくつと笑う仁王。いや、意味わからん。
何故だか3年の夏ごろから親しくなった仁王。いや、今も夏だけど。
そして何故だか、私は彼と付き合うことになった。仁王からある日突然、告白された。
それまで何の接点もなかったものだから、かなり驚いたけど。
まあ、別に仁王のことは嫌いではないしね。
今は夏休みで、今日は久しぶりにテニス部が一日オフということでデートすることになった。
といっても、家デートなんだけど。
他愛ない話をしたり、ゲームしたり、色々していたら何故か仁王が語り出した。
そして語り出した内容が・・・あれだ。
最初は正直、なんのこっちゃと意味が分からなかった。いや、今もわかんないんだけど。
というか私、そんなに泣いていたのか・・・。
「そんなに仁王に泣き顔見られていたのか・・・」
「綺麗だったぜよ」
「いや、そう言われても」
泣き顔綺麗とか、嬉しくないことはないかもしれないなんて考えないこともないけど。
正直、自分自身では好きではない。何がというと、よく泣くのが。
「お前さんはよく泣くのう」
「うん、涙腺が緩すぎるといいますかね」
「感受性が豊かなんじゃよ」
「豊か過ぎるのも考えものだけどね」
実際、この前も泣いた。デートということで映画館に行ったのだが・・・チョイスミスをした。
その見た映画というのが動物もので。私が一番弱いものだった。
もう、号泣。終わる頃には涙が枯れるんじゃ無いかってくらいに。
さすがの仁王も吃驚していた。
仁王の動じない心が半分ほしい・・・。
「ま、俺はいいがの」
「はい?」
私が色々考えていたら、いつの間にか仁王が私のすぐ傍に居て。私の頭をポンポンと叩く。
何がいいんだ?私にしたら、泣きたくないのに涙が出ることほど嫌なことはない。
思っていたことが顔に出ていたのか、仁王はふっと笑うとさらに私に近づいた。
そしてそのまま、額に唇を落とす。もう慣れてしまった流れだ。
「の涙は俺が貰うきに、好きなだけ泣きんしゃい」
「・・・」
「溜めることだけは、俺はせんといてほしいの」
「・・・・・・ん」
「それに、俺、の泣き顔も綺麗で好きじゃしのう」
そう言って薄く笑う仁王。
そんな彼に、私も微笑んだ。
私はよく泣く。
自分のことでもよく泣くけど、他人のことでも泣ける。
でもやっぱり、何より仁王のことで私は泣けると思うんだ。
仁王の分も、私は涙を流そうかな。
彼女が涙を流す理由
(人の為に涙を流せる貴方ほど、すばらしいものはないと思うんだ)
意味のわからん話になってしまった。
2012.7.28 UP