「あちーマジあちー」
「暑いのう・・・」
「暑いッスねー・・・」
「暑いですね・・・」
「暑いな・・・」
俺に続けて他のヤツらも口をそろえて呟く。遠くで真田が「たるんどる!」とか叫んでるけど、
もうホントどうでもいい。マジ暑い。溶ける。冗談抜きで。
暑苦しいんだよ、本当。柳とかなんでこんなクソ暑いのに、長袖ジャージ着てるんだよ。見てるコッチが暑いよ。
ジャッカルとか、さっきまで「ファイヤー!」って叫びながら打ってたけど、こっちがファイヤーだよ。暑いよ。
「みんな、動きが悪いよ」って幸村くん、なんでそんなに涼しげなんだよ。こえーよ。
噂によるとテニスコートは通常の地面より2度温度が上がるらしい。
嘘だろい・・・そんで走りまわるとか・・・地獄かよ。テニスは好きだが、暑いものは仕様が無い。
暑すぎる夏が悪い。
「丸井先輩・・・なんか、こう、涼しくなる方法とかないんスか!!!」
「しらねーよ!!知ってたら猪の一番に俺がやってるっつの!!!」
「ブンちゃん・・・叫ばんといて・・・暑いきに」
そういうお前の髪が暑い。縛るくらいなら切って来い、仁王さんよ。
赤也の髪型も心底うぜぇ。ジャッカルは涼しげだけど色がな・・・暑さを演出してんだよな。
空は青い。清々しいまでに青い。つーか、うざいくらいに青い。
なんでそんなに青いんだよ。雲もあまりなくて、夏本番って感じの空だ。まだ8月にもなってねえけど。
たまに吹く風が涼しい。じりじりと太陽は照り付けるしよ・・・。
日焼けとかのレベルじゃねえ。マジで肌が焼け焦げる。
息を絶え絶えにしながらも、打ち合いを終わらせる。
部員全員、肩を大きく上下させてる。こんなに暑くなかったら平気な運動量だけど、
この暑さで、これはきつい。きつすぎる。
あの真田も、あの汗の量だ。
息を整えていると、幸村くんが叫ぶ。
「うん、じゃあ10分休憩。10分経ったら再開するよ!」
これを合図に部員が一斉に日陰と水分を求め、走り出した。
赤也に至っては訳わかんねえ奇声発しながら走ってる。暑苦しいんだよ・・・!!
仁王の姿はもうない。きっとベストプレイスにいるんだろうよ。
今までの俺なら、そこを死に物狂いで探し当て、そこに居座っただろ。
だが、今は違う。
もっといい場所、見つけたんだよ!!
*
俺がダッシュで向かった場所。
右手には見慣れたスポーツ飲料のドリンク。水分補給は大切だかんな。
しばらく(と言ってもたいした距離じゃないが)走れば和風な建物があって、扉のそばには「弓道部」の札。
言わずもがな、弓道場だ。弓道場の外には沿うように生垣があって、その先には・・・
「!!!」
「ん?あ、ブン太。部活?お疲れさま〜」
弓道部員なら着ているだろう胴着、白い小袖に紺色の袴。うおー・・・涼しげだぜぃ。
そのは、ホースを伸ばして生垣に水を蒔いていた。
そう、この時間帯は毎日水やりをしてんだよな。
部活ついでにやってんのか、毎日欠かさずにやっている。土日もだ。すごくね?
そして俺はその事実に最近気づいた。
は3年になってから同じクラスになったヤツで、隣の席になってから仲良くなった。
弓道部の部長で、凄腕らしい。確か、弓道部も全国制覇したらしいしな。
と、まあ。話はそれたが!
この時間、この場所ではが水やりしてるってことで!
俺は生垣に水をやっているに近づきつつ、叫ぶ。
「!!」
「?」
「俺に水をブフッ!!!!!」
言うや遅し。
俺が全て言いきる前に、勢いよく俺の顔面に水が飛んできた。そう、綺麗にな!!
勢いがあったため、結構痛い。水圧なめたら駄目だぜ。
痛い・・・けど冷たくて気持ちよかった。ああ、涼しくなったけど、な!
「・・・お前なあ」
「ごめんごめん、勢いついちゃった」
「ついちゃったじゃねゴファッ!!!」
またか!!しかもさっきより勢いついてんじゃねーの?!
はご丁寧にホースの先端部分を親指で抑えて放射している。力加減といい・・・慣れてんな、のヤツ。
「いやー、なんか水かけてほしげな顔してたから、ね」「ね、じゃねーだろい」
なんだよ、水かけてほしげな顔って。俺そんな顔してたか?
そして顔面は水でぬれまくり、ユニフォームまで被害に。うおお、結構濡れてんぜ。
・・・涼しいけどな!!
といえば、にこにこしながら水をかけてくる。
今度は勢いをつけずに、霧状にして水をまいてくれる。・・・コイツ、本当慣れてやがる。
霧状の冷たい水が俺の体に降りかかる。
普通だったら夏場の水道の水って熱湯になってんだけど、がずっと水を出していたからか
この水は冷たかった。
生き返んぜー・・・。
はにこにこしながら、話しかけてくる。
「テニス部、大変だねー」
「おう、幸村くんとか気合入ってっしな」
「壮絶そうだ・・・」
「せっかく学校来てんだし、見てけば?俺の天才妙技、見てけよぃ」
「ああ、それも良いねえ」
からからと笑う。こいつ、あんま暑そうじゃねーなあ。
いや、でもユニより胴着のが暑いよな?
水飛沫越しの。俺の方を見たり、生垣のほうを見たり、空を見たり。
青く何処までも高い空を背景に、が俺の瞳に映る。
青すぎる空、白い雲、視界の端に校舎、弓道場、生垣、緑の木々、。
どこからか蝉の鳴き声も聞こえてくる。
じりじりと、相変わらず太陽の日差しは強い。
「弓道部は」
「ん?」
「弓道部は、どうだって聞いてんの」
俺も正直、なんでこんな質問したのか意味わかんなかった。とりあえず、なんか喋ろうと思って。
空は青い。風が涼しい。蝉がうるさい。
俺の質問には驚いたみたいな顔してたけど、すぐに苦笑するような困ったような顔になった。
「弓道部は、今日、部活なかったんだけど」
「は?なかったのかよ?」
「うん。けど、なんか弓を引きたくなりまして」
「ふーん」
なんでだろうねーと笑うの気持ちはよく分かる。
俺もなんか、テニスしてえ時とかあるし。なんか無性に、やりたくなるよな。
そう言えば、わかってくれるかーと笑う。
こいつ、よく笑うなあ。俺まで笑えてくる。
ホースから噴射される霧状の水飛沫越しのが、きらきら光って見えんのは幻覚か?
あーうん、暑いもんな。熱射病か、俺。暑さにやられたのか。
なんだかいつもと違うに、脈打った。喉が変に乾いた気がする。
ぼーっとを見ていると、遠くから声が聞こえてきた。
真田の叫び声だ。・・・・・うげ、もしかすっと・・・10分経った?
やべえ!
「俺行くわ!」
「もう?早いねー、がんばれ〜」
「おう!」
踵を返し、に背を向け走り出す。
やべえ、遅れたら外周何十周とかさせられんじゃねーの・・・!それは勘弁!!
・・・あ、そうだ。
立ち止まり、後ろを振り返る。は再び、生垣に水をやっていた。
そんな彼女に向かって、叫ぶ。
「おい、ー!12時半に校門なー!!」
「?」
「一緒に帰ろーぜ、って言ってんの!!!」
聞こえたか?
声を大にして叫べば、笑う。そして、「待ってるー」と俺に向かって声を張って言う。
水飛沫が、日光で光っていた。
口角が上がる。
を再び背にして、俺はテニスコートへ走る。足が軽い。相変わらず暑いけど、あんまり気にならねえ。
真田の怒声が聞こえる。
テニス部の掛け声が聞こえる。
蝉がうるせえ。
水飛沫の音が遠くから聞こえた気がした。
「あー!!夏だろーぃ!!!!」
水飛沫の向こう側
(水飛沫越しに見えたきみが、いつもより輝いて見えた夏)
2012.7.28 UP