青い空。白い雲。そういえば小学校で、くじら雲とかいう物語勉強したなあ。
なんて考えながら歩く。
どこを歩いているかというと、田んぼばかりの畦道。
では何故そんなとこを歩いているかというと、ここが私の地元だからだ。
「ほあ〜・・・よか所ばい」
「そう?」
「緑ばいっぱいあるけん、よかことたい」
そして、私の横には呑気な口調の長身。
癖毛を揺らしながら、辺りを見まわす。なんとも可愛らしい仕草だ。
その仕草をしているのは、クラスメイトでもあり、同じ部の仲間でもあり、恋人でもある千歳だ。
気がついたら千歳が横に居ることは少なくはない。むしろ多いと思う。
何故か、いつのまにか、千歳は私の横に居るのだ。
まあ、それはそうとして。
今、私は夏休みという長期休暇に里帰りをしている訳だが。
(いまは大阪に住んでいるけど、小学生の頃はこっちに住んでいたのだ)
どういう経緯か忘れたけど、千歳も来ることになったのだ。
両親は仕事が忙しいため、私だけの帰省のはずだったのに・・・。
私が、部活の帰り道にふと里帰りのことを話すと、「俺も行くばい」とのこと。
別にいいんだけどね。帰省はおばあちゃんの家にするので、泊まる分には困ったことはない。
おばあちゃんも「いいよ」と快く承諾してくれたしね。
私の地元は所謂、田舎で。それなりに山の方だ。
見渡せば田んぼばかりで、コンビニなんて町の方に降りなきゃ無い。
本屋とか電器屋とか、カラオケなんて以ての外。ちらほら、商店があるくらい。
食べ物とかは畑とか家畜とか。ご近所さんと繋がっているので、そこらへんは不便ないのだ。
びば・人の絆。そういうことからか、私は地元が好きだ。
だから、千歳が「いいところ」と言ってくれて素直に嬉しかったりする。
「、あれはなんね?」
「あれはー・・・水門だよ。用水の水量を制限とかするんだよ」
「ほあー」
「大阪には、ああいう水門は無かったかもねー」
私が説明すれば、どこか生き生きとした目で見る千歳。
さっきから、これの繰り返し。なにか珍しいものや見たことの無いものを見ると、千歳は尋ねてくる。
興味を持ってくれているんだと思うと、やはり嬉しい。
しかも説明すると、さらに質問したり、しきりに頷いたり、目を輝かせたりなどするものだから、
どうしても口元が緩んでしまう。
あまり会話が多いとは言えないかもしれないが、これはこれで良い。
変に色々喋るより、静かな空間で、喋らなくても何となく分かるものがある。
青々とした稲が風に揺られる。
一面田んぼなものだから、広い草原にも見える。この景色が、私は好きだ。
サアア、と風に揺れる稲はどこか優しい感じがする。
空は青く、白く大きな入道雲。それに繋がるかのように、続く道。
点々と電柱があるだけで、その他の建物は一切ない。
まるで、どこかの本の中の世界のようだ。
「おばあさん」
「わたしのおばあちゃん?」
「うん。よか人っちゃね」
「そうかもね。おばあちゃんは、わたし大好きだし」
かみ合っているようで、そうではないような。
それでも隣の千歳を見ると笑っていて、つられてこっちも口が弧を描く。
こっちに来たのは昨日の話なんだけれど、そのときにおばあちゃんが千歳に色々話していたみたいだ。
ちょっと私が居ない隙に話したらしい。
それは地元の様子だったり、私の小さな頃の話だったり。また、反対に千歳に私の学校の様子なども聞いたとか。
本人が居ない間にそんなことが進められているとは、恥ずかしい限りだ。
(いや、本人が居る前でも恥ずかしいんだけどね!)
そして今朝、千歳が私におはようと言ったあとに「もっとのこと、好きになったばい」とか
言うものだから、かなりビックリした。眠気とか吹っ飛んだわ。
なんというか、千歳には躊躇いとか恥ずかしいとかいう気持ちはないのでしょうかね。
隣を歩く千歳。長身なものだから、話すときは自然と見上げてしまう。
私、これでも170あるんだけどなあ。
歩くたびに揺れる髪。天然なのか、ふわふわとした髪。私は千歳のそんな髪が好きだったりする。
恥ずかしすぎて本人には言えないが。
千歳はゆっくりと、私の歩幅に合わせてくれる。
そんな様子に、私はまたもや心中笑みを零してしまうのだ。
「なんね?そげに嬉しそうな顔して」
「嬉しそうな顔、してた?」
「しとうよ。むぞらしか」
ふふっと笑う千歳。私達、さっきからこんなのばっかりだな。
はたから見れば相当なバカップル(死語)かもしれない。いや、はたから見るような人居ないか。
「は、ここの何処か好きっちゃね?」
「・・・自然が豊かなところとか、空気が美味しいとか」
「とか?」
「いちばんは、雰囲気かな」
そう私が言うと、一瞬不思議そうな顔をした千歳だがすぐに「俺もばい」と笑った。
これだけは、言葉では表現できないと思う。
緑がたくさんあって、川が綺麗で、空気が美味しくて、ご近所さんは気さくで明るくて、
色々あるけれど、どれも好きだけど、やはり雰囲気がいちばん好きだ。
静かで、けれど何処か明るくて、でも何処か寂しくて。
こっちに帰ってくると、いつも不思議な気持ちになる。千歳は分かってくれるだろうか。
「千歳は、地元帰らないの?」
「んー、今んとこ予定はなか」
「そっか」
「そうばい」
「じゃあ、もし帰省するときは声かけてよ。私も千歳の地元、行きたいから」
「!!・・・勿論とよ」
千歳から、地元の熊本の話はあまり聞かない。
本人から言う様子はないし、無理に聞くものでもないから私は深入りはしない。
それでも、千歳の地元は気になる。
なんとなく(ためし半分で)言ってみたが、大丈夫だったようだ。
嬉しそうに笑う千歳に、私もうれしくなる。
空は青い。なんで夏はこんなに空が青くなるんだろうとか考える。
田んぼは緑。山が綺麗だ。
蝉の鳴き声が鳴り響く。
じりじりと焼き焦がすような太陽の光。建物がないから、日陰がない。
千歳、熱中症とかで倒れないといいんだけど。
道はまだまだ続いている。
地平線の彼方まで続いているみたいだ。(少し大袈裟かもしれない)
私の左手には、スポーツ飲料が揺れている。こんなに暑いと、すぐ温くなりそうだ。
「」
「ん?」
「将来は、こういう場所に住みたいっちゃね」
そう言って、目を細める千歳。
その言葉はどのように受け取ればいいのでしょうか、千歳さんや。
場合によっては、いいように受けとってしまうのですが。
どちらからともなく、手を繋ぐ。
私の右手と千歳の左手。大きさも細さも全然違う。千歳の手は、テニスをやっているゴツゴツとした手だ。
だけど、優しい手だ。
暑さのせいもあるかもしれないけど、繋いだ手の温もりがあたたかい。
二人、手を繋いで畦道を歩む。
目の前には青く高い空。それに入道雲がある。そしてその空に続くように、伸びる道。
蝉の鳴き声。揺れる青い稲。用水から聞こえる水の音。光る水飛沫。
「、好いとうよ」
「うん」
私もだよ。
声にはしてないけど、きっと分かってくれるだろう。
目の前には、まぶしい空が広がっていた。
眩いあおとしろに
(輝く夏景色を、君とともに)
似非熊本弁ごめんちゃい。
2012.8.11