なんだか最近、私はおかしい。絶対おかしい。いや、私がおかしいのか例の人物がおかしいのか。 どちらかか、はたまた両者か。そんなことはどうでもいい、のだと思うのだけれど。 とにもかくにも、おかしいのだ。何がおかしいっていうと、それは、なんというか。





せんぱぁ〜い!!」

「・・・赤也」





そう、コイツですコイツ。くるっとした髪が特徴的で、屈託のない笑顔で近づいてくる人物。 背丈は私より少し高いくせに何故か上目遣いが上手で、弟気質なのか人に頼るのが上手い。 その整った顔を満面の笑みにして、それをいつも私に向けるのだ。
人物の名は切原赤也。我が立海大学付属中のテニス部員。そして、2年生にしてレギュラー。 私もそこまで詳しくはないのだけれど、とにかく凄いらしい。

そんな赤也との出会いはいつだったか。確か数ヶ月前のことだったと思う。 クラスメイトの仁王やブン太と交流をもっていたら、いつのまにか赤也とも仲良くなっていた。 なんとも不思議なことだ。

まあ、それは良いとしよう。問題は、他にある。














数日前。

いつも通り私は学校へと登校した。また、いつもどおりに過ごしていた。 何事もなく過ごし、いつもどおりのお昼の時間がやってきた。いつのまにか仁王とブン太と食べる ようになった私は、また日常のように3人で食べていた。誰も居ない屋上で、3人で。 秋も深まったこの頃、少し肌寒くなってきたのにも関わらず屋上で。秋特有の高い空が、広がっていた。 そしてそんなこの頃、ここに新しい人物が加わった。





「あー!なに先に食ってんスか先輩たち!」

「おっせーよ赤也」

「餓死しそうだったきに、先食っちゃろーと思っての」

「ちょっとくらい待ってくれたって良いじゃないッスか〜」





屋上の錆びれたドアが開けば、大きな声が空に響いた。言わずもがな、新メンバーの赤也だ。 赤也はやって来るなり、私達のほうへ駆けてきた。そして喋りながら、ごく普通に、当然であるかの ような流れで私の横に座るのだ。前まで、仁王やブン太の横だったのに、だ。

先輩もヒドイっスよー」「ご、ごめん」赤也を待たずに昼食食べちゃったのは悪かったよ。 悪かったけど、これはどういうことなんだろう。 赤也は相変わらず隣だし、喋りながら私のお弁当の中身取って行っちゃうし(「あ、これ すげー美味そうスね!」「そう?」「っス!食べていいスか?」とまではいいんだけど、 私の確認をとるまえに食べちゃう)。というか、やけに近い気がするんだけど。

急に変わった距離だったり、その態度だったり、なんだか私は変な感じだった。 なんだろう、なんて言えばいいんだろう。驚きというか、胸が変な感じになったというか。 その時間は何故か、いつもより幾分鼓動が早くなっていた気がした。 とりあえず私は、そのときは弁当にでもあたったのだと思うことにしたのだ。 いや、そう思うことにしとかないと駄目な気がした。



それから数日後。

テニス部ではその日、高等部との練習試合があるとのこと。その話をブン太から聞いた私は、 ブン太や仁王の誘いもあったので見に行くことにした。前から見てみたいとは思っていたし、 ラッキーなことにその日は私の部活はなかった。なので、HRが終わり次第私はテニスコートへと 向かおうと考えた。
そしてやって来た放課後。さっそくテニスコートへ行こうとすれば、担任の先生に捕まり。 やっと解放されたかと思えば、別の先生に呼びとめられ。そんな繰り返しで、私は中々テニスコートへ行けなかった。
じばらく時間が経って、やっとの思いでテニスコートに向かえば、ちょうど試合が始まるところだったらしい。 もうとっくにアップなどは済んだのだろう。試合はD1が終わり、S3が始まるところだった。 コートには赤也の姿が。





(・・・そういえばテニスをしている赤也を見るのは初めてかも)




練習ならば何回か見たことがある。だが、それはまだ赤也を知らない頃の話であって。 テニスをしている赤也を見るのは今日が初めてなのだ。そんなことからか、私の胸中は、なんだか 不思議な感覚にあった。心が浮き立ったような、そんな心境の中、審判役の部員の声で試合が始まった。



サーブが打たれてから数分。コートの中ではボールがラケットで打たれ、コートで跳ねる音がする。 私はフェンスの外から、そのコートを見つめ微動だにしなかった。 というか、動けなかったのだ。





(・・・え、なんだこの気持ち)




思ったこともない気持ち、抱いたことのないような感情。 そう、赤也がすごく格好よかった。いや、格好いい。ボールを追いかけるその真剣な瞳が、真剣な表情に、 不覚にも私はそう思った。雰囲気が、いつもと全然違った。そんなこと当たり前なのかもしれないけど、 私はただ赤也を見ることしかできなかった。なんなんだ、この気持ちは。 その瞳に私が映ったらどうなるんだろう、とか心の片隅で少しでも思ってしまった自分を殴ってやりたい。














そんな感じで、それ以来赤也に様々な感情を抱くようになってしまった。 もっと簡単に言えば、たぶん私は赤也にドキドキしているのだと思う。・・・たぶん。 前とは違う赤也に戸惑っている、というのもある。けれど、それ以上に赤也の行動に、一語一句に 何故か心臓が妙に高鳴るのだ。で、冒頭に戻る。





「せーんぱい!今日一緒に帰りましょ!」

「え、あ、うん」





赤也は当然のように、私に近づいてくる。これも最近では日常と化してしまった。 近い近い。これは普通の距離じゃないよね?先輩後輩の、距離じゃないよね?もう腕とかくっついてるんですけど。 寒いこの頃は、体温とか感じてしまえるのですが。なんだか慣れそうな気もするけど、そうはいかない。 ふとチラリ、と横を見やってみるとニコニコと上機嫌な赤也。鼻歌まで歌って、口は弧を描いている。 なんでそんなに嬉しそうなんだろう。なにかいいことでもあったのだろうか。赤也がニコニコとしていると、こっちまで 笑いそうになっちゃうのは何でだろう。

私が見つめ?すぎていたのか、私の視線に気づいたのか、途端赤也と視線が合う。もう、バチっって感じで。 思わず、目線をそらす。もう、条件反射なのだと思う。うわ、今のはあからさますぎる。なんか、これ、私が。 ああ、おかしい。こんなのおかしい。


隣の赤也は何も反応がない。というか、私が見れないだけなんだけども。 これ、すごく気まずい感じがするのは私だけですか?すごく、心底、どうしよう。 私が悶々として、赤也の顔も見れずに、足元を見つめていると隣から「ねえ」という声が降ってきた。





先輩」

「は、はい」





ふと、赤也に名を呼ばれる。これだけでもかなり焦るというか、ドキっとしてしまうのは 重症なんでしょうか。なんでだ。なんでこうなった? というか、「はい」ってどういうことだ自分。相手は、後輩なのに。赤也なのに。 そういえば、いつから名前呼びされたのだろうか。初めて会ったとき、いや暫くは苗字に先輩だった 気がする。それがいつから、名前呼びになったのだろう。もうわかんない。

名を呼ばれるも、顔は何だか赤也には向けれない気がして、視線だけ隣に贈る。 すると、なんだか嬉しそうな、やけに上機嫌な顔がそこにあった。ずっと欲しかったおもちゃを 手にした子供のような、練りに練った作戦が成功したときの顔のような、そんな顔。 そして、白い歯を覗かせて嬉しそうに笑う。





先輩、俺のこと好きでしょ」





ちなみに俺は大好きなんですけど、と告げる赤也に心奪われちゃったのは数秒前の話です。












Fall you !

(とある秋の日のこと、わたしはあなたに落ちてしまった)















みじかい。

2012.10.27 UP