(・・・・あ)
瞬間、俺の目は奪われた。
確かどっかの教室の前通った時やった。終業式の日やったかな。壁に一枚の写真が貼られとったんや。
いつもどおり部活に向かおうと白石と歩いとったんやけど、ふと視界に入った青が気になった。
その青とは、写真の青で。綺麗な青空の写真やった。
その横には「全国中学生写真コンクール 佳作賞」と書いてあって、「ああ、うちの生徒が賞とったんやなあ」とぼんやり思った。
写真はほんまに綺麗な空で、白い雲が際立っとった。空だけが映っているはずなのに、何処か疾走感があって。
隣で白石が「綺麗な写真やんなあ」とか呟いとったけど、そんなもん気にもならん。
「おん」とか何かしら返事をすればよかっただろうに、俺にそんな余裕はなかった。
その写真に吸い込まれるんとちゃうか、という錯覚が俺を襲い、周囲の雑踏は遮断された。
タイトルは「その先へ」。撮った奴の名前は、・・・。そんな名前やったと思う。
「まぁ〜た探しとるんか?謙也」
「・・・うっさいわ」
あの写真・・・の写真を見てから数週間。何故だか俺はあの写真が忘れられんかった。
暇があればを探す。白石が頼んでもおらんのに、「あの子がさんやで」とか教えてくれよったので、顔は覚えた。
それ以来、俺は無意識のうちに彼女を探しとる。探して、見つけて、俺は何をしたいんやろか。
分らんけど、なぜか会いたい。
夏休みだから学校に居る可能性は限りなく低いはずなのに、俺は探す。どこか心の隅で、「いるんとちゃうんか」と淡い期待を抱きながら。
そして今日も俺は探しとった。隣の白石はニヤニヤしよる。ほんま心底うざいわ。なんやねん、放っといてくれへんか。
何故か俺がを探しとることは、部員全員が知っとった。ほんまなんで?
まあ、それはどうでもええんやけど。
いまは夏休み。今日は午前練やったから、お昼のいまはハンパなく暑い。
、もう帰ったんか?いや、もともと来とらんかったんか。あいつ写真部なんかなあ・・・でもウチに写真部なんか有ったやろか・・・。
また今日も会えんのか、と俺は諦め半分でため息をつく。
ふと、視線を窓の外に移したら
(・・・・え)
屋上に人影。目をこらすと、それは俺がずっと捜しとった顔やった。居った、やっと居った!
カメラをかまえて、空を仰いでいる人物。や、。
行かんと。はよ、あそこに行かんとは消えてしまう。その前に、行かんと。
高鳴る鼓動を背景に、俺は隣を歩く白石に言う。
「し、白石!!すまん、俺部活遅れるわ!」
「ん?」
「じゃっ」
なんのこっちゃと言わんばかりの顔の白石をあとに、俺は踵を返す。
はよ、はよ屋上に。部活でもないのに、俺は今までにないくらいに速く走っとる。教師が「こらー!なに全力疾走しとんねん、忍足ぃ!」と叫んどるけど、
無視や無視。気にしとる暇なんかないっちゅー話や。
遥か後方から、「気張りやー!」という白石の声が聞こえた。(気がした)
*
俺は走った。そらーもう、すごいスピードでや。浪速のスピードスターっちゅー話やねん。
人をかきわけ、廊下を走りぬけ、階段をかけあがり、息も絶え絶えだ。
こんなに全力で走ったんは何時ぶりやろか。無我夢中で走って、やっと着いた屋上。
ドアノブに手をかける。この先に彼女が居る。なぜか、手汗が半端ないんやけど。あかん、心臓バクバク言うとる。
いや、俺、ここでヘタレたらあかん。気張り、忍足謙也!!!
「!!!」
「っ!?はいです、すいません!!!」
あ、俺は押したり引いたり忍足ですぅ・・・ってちゃうちゃう。
扉を思い切り開けた先には、青空が広がっておりました、はい。そして、その先にはが勿論居ったんやけど。
いやいや、「はいですすいません」ってどういうこっちゃ。なんかのフレーズかいな。自分、一呼吸で言っとったで。
ああ、でもが居る。俺の目の前に、やっと。何故か安堵できた。
は空にカメラをかまえとったから、俺に名前を呼ばれて変な格好で硬直しとる。なんか・・・すまんな。
足元にはスクバが置いてあって、なんや紙かなんか知らんけどヒラヒラと風に扇がれてる。
屋上だからなのか、風が涼しい。さっきまで俺爆走しとったからなあ、気持ちいいわ。
「あー、俺3-Bの忍足やねんけど・・・」
「ぞ、存じ上げております」
「あっ、ホンマ?」
「いやいやテニス部有名でしょうに、し、知らないわけないよ」
俺が話しかけながら少し歩み寄れば、変に敬語な。
なーるほど。俺、には知られてないんやろなー思っとったからなあ。なんや、嬉しいわ。
っちゅーか、「存じ上げております」って何やねん。ギャグか、ギャグなんか?!笑いをとりにいったとこなんか。
そやったら申し訳ないなあ、俺ふつうに受け答えしてもうた。
いやいや、そういうこととちゃうくて。
俺はに伝えたい事があんねん。
「えーと、な。俺、の写真、見たんやけど」
「?写真?」
「あの、ほら。全国写真なんちゃらーで賞取っとったやん?あれ、掲示されとったん」
「ああ、あれ。掲示されてたんだ・・・」
「おん。」
俺がそう言えば、「うわあ、恥ずかしい」とかはにかむ様に笑う。
うわ、かわええ。っちゅーか、本人知らんかったってどういうことやねん。先生ら、確認取らんかったんかいな。
そんなをしっかり視線でとらえ、俺は言葉を紡ぐ。なんか、手汗半端ないわ。
蝉が鳴いとる。暑いわ。
「ほんで、俺、の写真みて、ええなあって。むっちゃ好きやなあって」
「え」
「ああああああちゃう!ちゃうちゃう!しゃ、写真がや!写真が!!」
「あ、ああ、うん。分ってるよ」
うわあ、俺むっちゃ恥ずかしいやん!!!倍恥ずかしいんやけど!
「ああ、うん。分ってるよ」って俺、なんか一人で取り繕って阿呆みたいやんけ。うわああ、しにたい。
絶対、今の俺は赤面間違いないわ。そらーもう、茹蛸のごとく赤いんとちゃうか。
視線が泳ぎまくる。あかん、クロールしまくっとるわ俺の視線。ふとの方に視線を向けてみれば、
心なしか耳が赤くなっとる。やばい、それを見てしまった俺が倍赤くなる。なんやこれ。
「あー、うん。それだけ、なんやけど」
「あ、はい。えーと、ありがとう、ございます」
「・・・」
「・・・」
「・・・(むっちゃ気まずい!!)あー、そのカバンに入っとるのって写真?」
「え?」
気まずさのあまり、視界に入ったカバンを指差す。
さっきから見え隠れする紙みたいななもんが気になっとったんや。
俺が言いながら指差せば、「写真だけど」と言いながら、俺に見せてくれる。
それは、数週間前見たあの空の写真のような青空が何枚も。
雲のない青空、飛行機雲のある青空、虹のかかった青空、羊雲のある青空、鳥が飛んでいる青空。
色々な青空がある。どれも綺麗で、俺は思わず息を呑んだ。
何枚もある写真の中で、数枚俺の目を惹きつけたものがあった。
「・・・俺?」
「あ、」
紛れもなく、それは俺。
部活中だろうか。いや、でも制服着とるしなあ。いつ撮られたんやろか。
その写真の中の俺は疾走していて、本人が言うのは気引けるんやけど、爽やかな写真やった。
思い切り走っているはずやけど、全然ブレとらんし。どうやって撮ったんやろか。
一枚めくれば、また俺が居る。その次も、また俺。数枚、そうやって俺が走っている写真があった。
どれも青空が背景にあって、いつのまに俺こんなとこ走ったんやろかーなんて暢気なことを考えてまう。
ふと、顔をあげれば恥ずかしそうに頭をかいている。
「−・・・許可なしに、勝手に取ったりしてごめん」
「え?ああ、別に全然ええけど」
「えーと、ですね。忍足くん、てさ。すごく楽しそうに走ってるんだよね」
「そうなん?」
「うん。なにかを目指しているみたいに走っていて、青空にすごく合うんだよ」
そうやって、はにかむ。
そんな彼女に胸が高鳴ってしまうとか、俺はどうしたんやろか。あかん、また顔赤なってきた。
彼女が愛しているだろう青空に、俺が合うといわれて嬉しい。なんや分らんけど、嬉しい。
夏の渇いた空気が俺らをつつむ。風が吹く。空は青い。
夏休みはまだある。今度、を誘ってみよか。ああ、でもどうやって誘おう。
そのあとのことはよく覚えとらん。どうやって部室まで行ったのかも、何もかもや。
ただ、彼女が好きだといった青空を俺は追いかけていた。彼女に少しでも、近づけるようにと。
追いかけて、
青空
(彼に 彼女に 少しでも近づきたいゆえに)
2012.8.16