キュッキュッ、とバッシュの音が体育館に響く。それと共に聞こえるのは、ボールが床を
跳ねる音に元気な掛け声。「カットしろー!」とか「マーク外すんじゃねえ!」だとか
聞こえてくるもう聞きなれた声に、私はいつも口元を綻ばせるのだ。
海常高校。運動部がすごく盛んで、バスケ部なんかはI・Hに何回も出場してるくらい。
しかもベスト8。そして私は、そんなバスケ部のマネージャー。
なんでそんな高校になぜ万年文化部の私が入ったかというと、家からいちばん近かったからで。
なんでバスケ部のマネージャーになったかというと、高校はなんだか違うことがしたかったし
人のサポートするのって好きだから。以上。
マネージャーになってから数ヶ月。今ではすっかり仕事も板についてきて、毎日大忙しだ。
それでもやっぱり仕事をするのは好きで、部員さんたちが「サンキュ」なんてお礼を言って
くれたりすると、すごく嬉しいし。「あ、私ちゃんと役に立てれてるんだなあ。サポート
できてるんだ」って思えるから。
まあ、そんな感じですっかりバスケ部にも慣れたし、馴染めているわけなんだけども。
実はちょっと、困ったことがあったり。
「っち〜!!」
「き、黄瀬くん。ま、まだ部活中・・・」
「え?なんスか?」
「・・・なんでもないよ」
うう、なんでもなくなんてないよ!なんでコッチ来るの。近いよ!
ドリンクをつくって、タオルも用意して、選手の様子をメモ(監督に頼まれて、
練習中・試合中のひとりひとりの様子とかをメモしているのだ)していたところ、
ひとりの男の子が私の方へやってきた。それはそれは、嬉しそうにだ。
とても目を引きつける金髪(というか黄色?)に、片耳にはシルバーピアス。それだけでも
目立つというのに、顔がいいときた。体格もよくて(まあバスケ部なんだから当たり前か)、
背も高い(こっちも当たり前か)。それに加え、笑顔が眩しい。・・・心なしか尻尾が見える
んだけど。
私がじーぃっと目の前の人物を見ていると、その視線に気づいたのか「なんスかー?見惚れちゃった?」
と笑う人物。ちょっとムカついたので、「黄瀬くんの目はおかしいと思うよ」と言ってやった。
明らかに誉め言葉ではないだろうに、目の前の人物は「へへ」とか言ってはにかむ。なんでだ。
言うのが遅れてしまったけど、この目の前の金髪ピアスこそ、私の困っている要因。
黄瀬涼太。私と同じ1年生で、バスケ部のエースだ。たしかキセキの世代とかいう、なんでも
すごいらしい集団の一員らしい。よくは知らないんだけど、素人目から見てもバスケが
上手いのは分かる。バスケセンスがずば抜けてるというか。なんていうか、格が違うって感じだ。
そんな黄瀬くんに、なぜ私は困っているかというとですね。
「っちー、ドリンクちょーだい!」
「そ、そこに置いてあるよ?(いつも通りの場所なんだから分かるはずだよね・・・)」
「えー。俺は、っちに手渡ししてもらいたいんスよ〜」
これなんです、これ。なんでそんな小っ恥ずかしいこと言えるんですか。
小さく「うう」と唸りながら言われたとおりドリンクを渡せば、「ありがと!」と物凄い良い
笑顔でお礼を言ってくれました。顔が少し赤くなってしまうのは、きっと仕様がないことなんだと思う。
黄瀬くんは、いつもこんな感じだ。何かと私に関わってくるというのかな。ドリンクぐらい
自分で取ればいいのに(いや、これはマネの仕事かもしれないんだけどね!)、いつも私に
「手渡しして」と言う。タオルも手渡しをご所望だ。ちょっと休憩が入ると、すぐ私の
ところに来るし。ちゃんと休んで、休憩を取ればいいのにと私はつくづく思うのだけど。
部内だけではない。普段の学校生活でも、黄瀬くんは私のところへ来る。何故かよく
休憩時間に会うし、お昼休みはぜったい黄瀬くんと食べている。友達と食べようとしても、
黄瀬くんがそうさせてくれないのだ。(そのたびに、女の子の視線が痛い)
いつも笑顔だし、ちょっと距離が近い気がするし、これは変に気を持たれても仕方ないと
思うのは私だけですか?他の女の子にもしてるのかなあ、とか思うとちょっとズキンとした。
・・・いやいや、おかしい。気を確かにしろ、。
隣で喋りつづける黄瀬くんを余所に、パチン!と自分の両頬をたたく。ちょっとジーンとしたり
して、痛かったりもする。そんな様子に目を見開く黄瀬くん。いちいち反応しないでほしい。
目を見開いたかと思えば「やっぱっち面白いっスね〜!」とか言う黄瀬くんを視界の端に
捉えながら次の仕事にかかろうとしたとき、視界の黄瀬くんが消えた。え?
「黄瀬!!いま部活中だって分かってんのか?!」
「いだっ!ちょ、なにするんスか〜!笠松先輩」
「なにもクソもあるか!ったく、目離すとコレだな!」
「だからって蹴らなくてもいいじゃないっスか〜」
「マネが困ってんだろーが」
瞬間、つぎは違う人物が視界に入ってきた。聞きなれたその声は、キャプテンの笠松先輩の
ものだった。怒声を発しつつ(?)、黄瀬くんを叩いていた。
どうやら視界から黄瀬くんが消えた理由は、笠松先輩の華麗なキックが決まったかららしい。
会話をする笠松先輩と黄瀬くんを何となく遠い目で見ていると、「ちゃ〜ん」という声が
聞こえてきた。森山先輩だ。なにかあったのかな。私はすぐさま「はーい!」と返事をし、
声のもとへ走っていった。背中の後ろで、私のことが話されているとも知らずに。
用事が終わり、体育館に戻ると試合が行われていた。レギュラーと準レギュラーの混合試合。
試合独特の雰囲気が広がっていて、思わず姿勢を正してしまう。
あの後、私は森山先輩のもとへ行った。どうやら怪我をしたらしく、応急処置をとりあえず
しておいた。軽い捻挫みたいだったから、たぶん大丈夫だとは思うんだけど。先輩が怪我を
するなんて珍しいなあ、なんて思いながら処置をした。いちおう心配だから、「保健室か病院には
行ってくださいね」と言って置いたから大事には至らないとは思う。
監督に事情を説明したあと、私はコートを見た。バッシュの音、ドリブルの音、ボールが
リングを通る音、選手たちの声。何回見てもその様子には目を奪われてしまう。
そのなかでも、私の視線を奪ってやまないもの。ついつい、コートのなかを探してしまうし、
いやでも見つけてしまう。
(・・・アホすぎるでしょ、わたし)
目を向けるその先は、金髪。やっぱりバスケをしているときの黄瀬くんがいちばんカッコイイなあ、
なんて思ってしまう。もともとイケメンではあるけど、バスケをしているときは倍カッコイイ。
これは認めざるを得ない。
ぼーっとコートを見つめていると、ビーッ!とけたましいブザー音が鳴り響いた。もう試合
終わったのか。あ、こんなところでぼーっとしてる場合じゃない。ドリンク用意しないと。
作ってあるから、クーラーボックスから取り出す。急いでコートから出てくる部員に、ドリンク
を手渡す。そんななか、また黄瀬くんがやってきた。いや、ドリンク必要だから私のとこへ
来るのは当たり前なのか。
はい、とドリンクを渡せばニコっと笑う黄瀬くん。
「っちー、俺の活躍みててくれたっスか?」
「・・・うん」
「ホントっスかー?」
「ホントだって。見てた。・・・かっこよかった、と思う」
あ。お、思わず本音が出てしまった。いまのは心の中で言う予定だったのに!
やばいと思ってからではもう遅く、言ってしまった発言をなしにできる訳ではない。
なんとか平常を装い、チラと黄瀬くんの方を窺う。変なこと口走ってしまったから、
黄瀬くん嫌そうな顔でもしてるんだろうか。
(え)
けど、そこには私の予想とは全くといっていいほど反対の顔があった。
隣を見ると、そこには顔が真っ赤な黄瀬くん。耳まで真っ赤で、目を見開いて
口をポカーンと開けていた。「え、え?」とか言葉にもならない言語を発して、口を
パクパクさせている。
「え、っち。い、いまのってマジすか?!か、かっこいいって、マジで・・・?!」
「・・・あー、うん」
「え、マジでー?!う、わ!やっべ、スッゲー嬉しいんスけど!これ夢じゃないっスよね?!」
「わー!っちが俺のことかっこいいって!かっこいいって!嬉しすぎるんスけどー!」
「初めて言ってもらったー!やべー!!俺しあわせすぎるっス!!」
「き、黄瀬くん・・・!恥ずかしいから、そんな大きな声出さないでほしい・・・!!」
というか、いままで私黄瀬くんに「かっこいい」って言ってなかったのか。心の中では
普段から言ってるし、全然しらなかった。いや、まずなんでそんなに黄瀬くんが喜ぶのか。
顔を真っ赤にして、大きな声を出す黄瀬くんは勿論目立つ。バスケ部がザワザワとするのは
勿論のこと、体育館の入り口に群がっている女子までもがザワザワしはじめた。
うわー!こっち見ないで!!
この場から今すぐにでも逃げ出したい私を余所に、隣の黄瀬くんは目を輝かせる。
私が今の状況に心底困っていると、「黄瀬ー!ちょっと来い」という監督の声が聞こえてきた。
て、天の助け!ほら、監督呼んでるよ!とでも言うかのような視線を黄瀬くんに送れば、
その黄瀬くんは嬉しそうにニコーッと笑った。え?
「っち!!!」
「は、はい」
「今日、いっしょに帰りましょ!!ぜったいっスよ!!」
「え」
それだけ言うと、私の返事なんか聞かず黄瀬くんは去ってしまった。去り際にこっちを向いて、
「っちだいすき!!」という言葉を残して。いまだに状況判断ができなでいる私。
周りでは「黄瀬おめでとー」だとか「やっとかー」だとか聞こえてくるけど、頭に入ってこない。
唯一ちゃんと聞こえたのは、傍にいた笠松先輩のせりふだった。
「もう付き合えよ、お前ら」
ラブ・ハイウェイ
( それはまるで光速の恋模様! )
部の先輩やチームメイトはみんな黄瀬くんの恋を知っていて、
応援してた。笠松とか「まだ告白してねえのかよ」って言ってる。
森山先輩はちゃんを(少し)狙ってたけど、可愛い後輩に譲ってあげたのです。
2012.12.09 UP