久しぶりに、教室へ足が向いた。
ふあ、と大きく欠伸をすれば涙が少しでる。さっきまで屋上で寝ていたせいか、少し寒い。
ひなたはあったけーけど、もう冬だしな。さすがにさみぃわ。
いつもどおり学校へ来て、俺は屋上でサボっていた。マイちゃんの雑誌を見ながら、だ。
そこにいつも、さつきが来て。適当に怒鳴り散らす。俺は寝たふりを決め込むけど。
観念というか、諦めたさつきを見やれば俺はそこから本格的に眠るのが日常だ。
目が覚めるといつもなら次は保健室へ行くはずだが、今日は違った。それは、クラスのやつが
「次は自習だ」と喋っていたのが聞こえたのもあるが、他に、なんとなく
教室に足が向いた。なぜだかは、俺にも分かんねえ。
ガラ、と教室の扉をあければクラスのほとんどのやつがコッチを見る。っち、コッチ見んなっての。
そんなに俺が来るの珍しいかよ。まあ、珍しいか。
あー、やっぱ来たはいいけどダリィな。そういえば何処だっけ、俺の席。適当に空いてる席でいいか。
窓際の席がひとつ空いていたもんなんで、俺はそこに座る。まあ、誰だか知らねーけど
もし席違ってもいいだろ。空けてたオメェが悪いんだよ、だ。
ガタンと乱暴気味に椅子を引いて座る。近くのヤツがびくっと肩を震わせたが、どうでもいい。
んなことでいちいち、ビクビクすんなっつの。
(・・・あ?)
周りのやつがビクビクしてる中、一人だけ動じないやつが居た。
俺が座った席の、前の席に座っているやつ。座ってる、つっても机に突っ伏してやがるけど。
黒いパーカー着てるけど、スカートはいてっから女子か。
突っ伏しているその頭には、黒と緑のヘッドフォンがついていて、シャかシャカと音がもれている。
ロックか何だか知らねーけど、やたら音大きいな。そんで寝てるんだから、大したもんだ。
頬杖をついて、目の前のソイツを観察する。
動く気配は全くなくて、教室で堂々とヘッドフォン装着で熟睡。こんなヤツ、俺のクラスに居たのか。
なんか、興味わいてきた。
知らず知らずのうちに、俺の口元は上がっていた。
*
「・・・ふあ」
眠たい目をこすって、欠伸をする。ああ、私いつのまに寝てたんだ。
窓の外を見れば、活動している運動部。どこからともなく、カキーンという金属バットが
ボールを打つ音が聞こえてきた。
・・・もしかしなくても放課後か。5時間目の自習から、ずっと寝ちゃったのか。うわあ、
どれだけ寝てるんだよ私。思わず感嘆の声あげちゃうわ。頭を起こせば、パサパサと音がする。
数枚のプリントだ。ああ、前の人が置いてくれたのかな・・・。
私の耳には、はずれかかったヘッドフォン。聞こえてくるのは大好きなロックバンドの曲だ。
あれからずっと流れていたのか。さすが許容曲が半端じゃない私の音楽プレイヤー。
聞こえてくるロックに、まだ目がうとうととする。
もう一眠り、していこうかな。帰るのはそれからでもいいだろう。
そう思って、もう一度うつ伏せの体勢に入ろうとした瞬間、声が降ってきた。
「おいおい、まだ寝んのかよ」
「・・・は?」
思わずバッと起きあがる。すると、目の前に人が居た。うわ、今まで気づかなかった。
私どれだけ意識が朦朧としてたんだよ。
「寝過ぎだろ」と呆れたような声色で言うのは、目の前の人物で。私の前の席は、確か
前田さん(クラスの人気者の女子)のはずだ。だが、聞こえるのは明らかに男子の声。
朦朧としていた意識が、はっきりと覚醒してくる。目の前の人物が、誰なのか段々と
分かってきてしまった。声と、顔が私の記憶の中でリンクする。
うわ、と言いかけた声を飲みこんだ私はえらいと思う。
「あー、・・・おみね、くん」
「あ?なんだよその言い方、なにその間」
「えー、あ、すいません」
「なんで謝んだっつの」
青峰大輝。私が通っている桐皇学園のバスケ部の、1年生ながらのエース。誰もが知っている。
バスケ部でも運動部でもない私が知っているんだ、誰でも知っているだろう。
その、青峰大輝が。あおみねだいきが、なぜ私の目の前に居る。
青い短髪と、色黒な肌が目をひきつける。これじゃ、余計目立つわけだ。
いや、いまはそんなことよくて。なんで青峰くんが、私の目の前に、視界にいるのか。
それにしても大きいな。さすがバスケ部。って、そうじゃなくて。
私は中学でも、高校でも分相応に生きてきた。目立ちもせず、目立たないわけでもなく。普通に、
ごく普通に生きてきた。青峰くんのような、スポットライトで当てられるような人物
とはなんの接触もしてないはずなのに。目の前では、青峰くんが頬杖をついてコチラを
見ている。何気に、近い気がするんだけど。
「」
「っはい?!」
いきなり名前を呼ばれて、びっくりする。なんで私の名前知ってるんだ。そのことが顔に
出ていたのか、「クラスのやつに聞いた」という青峰くん。なんで聞いたんだ。わざわざ、
聞いて得するようなことでもないだろうに。
相変わらずコッチを見ている青峰くん。あまり見ないで欲しい。目の前の人物は、
自分の面が整っているということを自覚しているのだろうか。恋してるってわけじゃないけど、
そんな良い面で見られたら困る。目のやり場がないじゃないか。
「お前、俺のこと知ってる?」
「は」
「だからよー、俺のこと知ってんのかって」
「いや、知ってるもなにも」
知らないわけ、ないと思うけど。きっと桐皇学園の生徒はみんな、あなたのこと知ってると思いますよ。
目の前には、こちらを見ている人物。これは、知ってる内容を言わないといけない雰囲気
なのかな。なんで、こんな状況になったんだろう。
私の耳にはずれかかったヘッドフォンから、相変わらず音楽が流れている。
二人きりの空間で、唯一の救いがこれだ。もし二人きりで、静かな空間だったら本当しんでた。
しにはしないけど、きっと今ある全ての力を使って逃げていたことだろう。
(そして次の日に筋肉痛になるんだ。帰宅部なめるなよ)
色々考えた末、何度か四方に視線を泳がせたのちに、重い口を開く。
「えー、と。桐皇バスケ部のエース」
「それだけかよ」
「え。あ、じゃあ、身長が高い」
「はあ?なんだよそれ」
口調は強いが、呆れたように笑う青峰くん。
え、じゃあ色黒とか?他に何を言えばいいんだ。髪が青いとか、いつも屋上でサボってるらしい
とか、桃井さんと幼馴染らしい、とか。色々言ってみるけど、どれも青峰くんは
呆けた顔をした。かと思えば、「ぶっ」と今度は噴き出した。色々忙しい人だな。
それにしても、こんな風に笑う人だったのか。いつも見かけるときは仏頂面というか、
なんだか怖い雰囲気だったし。なんか意外だ。
そんなことを思いつつ、目の前の人物に視線を送る。
「あー、やっぱお前予想通りだわ」
「?」
「んじゃ、帰るか」
本当、一体なんだったのだろうか。予想通り、ってどういうことだ。やけに楽しそうに?
口元にうすい弧をえがいている目の前の人物。今日はいったいなんなんだ。
「帰るか」と言い、立ちあがる青峰くん。そういえば、荷物どこに置いてるんだろう。
荷物もって教室に入るところ、見た事ないんだけど。
椅子から立ちあがった青峰くんを見上げる。というか、帰るって部活しないのかな。
そういえば、5時間目終わってからずっと私の前に居たのかな。・・・部活なかったんだろうか。
色々考えるが、どうにも眠い。再び眠気がやってきた。もう一眠りしようかと思った私は、
「じゃ、また明日」と言う。が、言った瞬間
「はぁ?なに言ってんだ、お前も帰るんだよ」
「えええ?」
「オラ、帰んぞ。早くしろよ」
「え、ちょ」
私、行くなんて一言もいって無いんだけど。さも当たり前だろとでも言うかのような
青峰くんに、呆気にとられる。一体全体、なんなんだ。今日は、なんかこういう言葉を
言ってばかりな気がする。
青い髪が、視界で揺れる。教室はすっかりオレンジ色になっていて、今日は夕焼けが
すごいなとか呑気に心の隅で考える。
急かされて、私は言われるがままに荷物をまとめる。スクバを肩にかけたと思えば、
目の前の人に腕を掴まれる。そしてそのまま、歩き出されてしまった。私に抗議する暇などなく、
「ちょ」となど短い単語しか発せれない。
急ぎ足でもないけど、ゆったりとした歩調でも無い歩幅で歩く青峰くん。
それに引っ張られる私。教室を出て、廊下をわたる。たまにすれ違う生徒に、不思議な
目で見られる。ああ、すいません見ないでください。
ああ、一体どうなるんだろう。
そう考えて、掴まれた右手を見る。すると、ふと何か思い出したように青峰くんが振りかえってきた。
今度は一体なんなんだろう、と少し構える。次の瞬間、彼から紡がれた言葉に
またもや呆気に取られるのは当たり前だろう。
「お前は黙って俺について来ればいいんだよ」
そう、私の方を向いて言う青峰くん。その台詞は何とも横暴というか、理不尽で。
けれど、私の方を向いてその台詞を吐いた青峰くんに目を奪われた私がいる。
なんということだ。
いまだ、耳にかかっているずれかかったヘッドフォンから大好きな曲が流れ始めた。
ハロー、
マイワールド
(こんにちは、キミによって開かれた私の世界!)
2012.11.07 UP