春ってなんだろう。なんでこんなに忌々しいものなのか私は心底わからない。 虫は出るし、街中リアルが充実してる人で溢れ返ってるし、変質者は大勢出没するし。 春の陽気ってやつが、こうも私をイライラさせるのだろうか。 いや、春自体は嫌いじゃないんだよ。ぽかぽか暖かくて、ひなたぼっこは気持ちがいいからね。 そう、春が起こすものがきらいなだけだ。春に罪はない。
そうなんだけどさ、





「なんで私は白昼堂々と暗殺者と花見をしているんだろう・・・」

「?なんか言った?」

「・・・イエ、ナンデモナイデス」





下手なこと言って殺されでもしたらたまらないので、私は否定の言葉を口にする。 私の言葉に「そう」と私の横で呟くのは、天下の暗殺一家の長男・イルミ=ゾルディック。 その顔は能面のようで、表情が読めない。大きな目は、初対面のときかなりビビった。黒色の長髪を なんの惜しげもなく、風になびかせている。男なのにこのサラサラキューティクル。羨ましい限りだ。

少し話がずれてしまったけど、先ほどの私の台詞の通り、私はそのイルミさんと現在花見をしている。 現在進行形で、だ。
私の目の前には、見渡す限り美しい桃色が広がっている。確かジャポンにある花で、サクラという ものだった気がする。私の故郷もいまの拠点もジャポンではない。イルミさんの家(というか ゾルディック家)はパドキアだ。サクラの木は確か扱われていない。 では、ここは何処なのか!というと答えは簡単で、ジャポンだ。


では、なぜジャポンにいるのかというと。事の発端は、数時間前、いや十数時間前?に遡る。

私はそのとき、仕事を終えたばかりだった。私はしがない運び屋で、仕事は選べない。 いつでも、どこでもがモットーなのだ。そんなわけで仕事が終わったのは、軽く朝方だった気がする。 シャワーをあびて、ベッドに死ぬように倒れこんだ。と同時に、携帯が鳴った。えーまた仕事かよー 、とか心中泣きたい気持ちで電話に出たんだけど、その相手がイルミさんでして。 「いまから迎えにいくから、ヨロシク」と一言おっしゃいまして、電話がきれました。 え?ってなるよね?迎えにいくから、ってどういうことですか?何処に行くんですか、何時に くるんですか、そもそもなんで私なんですか、というかどういう御用なんですか。 疑問はつきないが、時間が止まることはなく。 私がとりあえず荷物をまとめたところで、インターホンが鳴り「や」という声が聞こえた。 そして私は(半ば連れ去られるように)ゾルディック家の飛行船なるものに乗せられたのだった。


・・・という感じで現在に至る。 急いでいたからパスポート用意できなかったんだけど、なんでか入国できた。こわい。













俺の横には、俺より少し小さい女の子。いや、って女の子なのかな。何歳まで女の子なんだろ。 ま、それはどうでもいいんだけど。


俺とが初めて会ったのは、数週間前。親父がに依頼をして、俺の家に来たときだったかな。 ちゃんと試しの門を開けて入ってきたし(しかも、4の扉まで開けた)、母さんとかカルトに ちょっとからかわれても(硫酸かけられそうになって、鉄製の扇子がとんだんだけどね)、 ちゃんと避けてたし。たぶん、母さんたちはちょっとした力試しのつもりだったんだろうけど、 そこらへんの裏世界のやつなら死んでた。 けど、はちゃんと避けて「熱烈な歓迎感謝いたします、品物をお届けに参りました」って 言ったんだよね。顔まったく笑ってなかったけど。それ以来、母さんもカルトものこと 気に入っちゃったんだっけ。確かには腕がいいし、むしろ運び屋だけだなんて 勿体無いと思う。俺が不意打ちで鋲を投げても、すばやく避けたしね。 そのときは、ちょっと気に入った奴って程度だったんだけど。

何回か会う内に、のことかなり気に入っちゃったんだよね。なんでだろ。

顔はふつう、体型もふつう(ちょっと一般より背が高いくらい)。何処にでもいそうな女。 けど、ここ最近はのことばっかり考えてる気がする。 と喋ってるとなんか楽しいし、なんかに急に会いたくなるし、が他の男と 喋ってるとこ見たときは思わずソイツ殺しちゃったんだよね。 このことをミルキに話すと、「・・・初恋じゃねえの」って言われた。ふーん、これが初恋なのか。


ふと隣を見てみると、と目があった。って目きれいだよね。





「あの、イルミさん」

「うん」

「なぜしがない運び屋なんぞを、このようなところに連れてきたのでしょうか・・・」

「?、この前見たがってたじゃない」





俺がそう言うと、目の前のは茶色い瞳をパチリとさせる。
あれ、もしかして違ったのかな。この前、仕事がてらの家に行ったときに「そろそろ 花見の季節ですねー」って言って、テレビに映っているジャポンのサクラを見て「一度見たい ですね」って言ってたと思うんだけど。俺、記憶力は悪くはないと思うから間違いではないはず なんだけどなあ。

俺が首を傾げると、はまだ腑に落ちないという顔。 うーん、なんて言えばいいのかな。そもそも、なんで俺もそんなこと覚えてるんだろう。 人の言葉なんていちいち覚えていられないし、しかもその言葉を聴いたからといって 俺が人に何かしてあげるなんてこと今までなかったし。
・・・ああ、わかった。そういうことか。





「俺がを好きだから、じゃダメ?」










いま目の前のこの人はなんと言ったのだろうか。ワンモアプリーズ。 俺がを好きだから?誰が誰をなんだって?

先ほど、意味のわからない言葉を発した本人であるイルミさんといえば、相変わらず真顔だ。 首を傾げる仕草は、男性とは思えないほど可愛らしい。いやいやいや、そういうことではなく。 イルミさんが私を好き?一体全体、なんの手違いでそうなるんですか。 人違いではないですか。仮に私を好きだとしても、いつ好きになる場面があったのだろうか。 春の陽気で、すこしおかしくなってしまったのだろうか。 イルミさんと出会ったのは最近のことだし、そんなに頻繁には会っていない・・・というわけでもないな。 そういえばイルミさんとは仕事以外でも会うことが多かった気がする。 「近くで仕事だったから」と私の家に来ることも多かったような、そうでもないような。

きっと今の私の頭上にはクエスチョンマークが浮いていることだろう。 どう返せばいいのかわからず、口をパクパクさせてしまう。「ジョークはよしてください」? 「はは、面白い冗談ですね」?「私も(友人的な意味で)好きですよ」? 何を言えばいいんだ、わからん!

私が何も言えずに頭の中でぐるぐるしていると、イルミさんがポンと手を叩いた。 (よく漫画とかである「わかった!」ってときのポーズだ)(なぜか可愛らしい)





「じゃ、さっそく親父たちに報告しなきゃね」

「はい・・・はい?」

「ジャポンに来たばっかだけど、しょうがないよね。思い立ったが吉日らしいし」

「え、あの」

「あ、疲れてるだろうけど行くから。飛行船で寝てていいよ」

「いや、そうじゃなく」

「じゃ、戻るよ」





そう言って私の手をつかみ、飛行船への帰路につくイルミさん。 え、話まとまったんですか。というか、私の意思はどうなるんですか。 親父たちに報告って、なんの?え、まさか私たちお付き合いしてます的なあれですか。 あのすいません、わたし返事してないんですが。

有無を言わせない、という感じで歩く目の前の人物。少し急ぎ足ではあるけど、ちゃんと私の ことも考えてくれているのか私が転ぶことはない。いや、まあ私も一応それなりではあるからなんだけど。

私の目の前を歩くイルミさん、掴まれた手からは温もりを感じることができる。 今更、自分がどういう状況にあるのかを改めて考えてみたら、顔が赤くなってしまう。 どういうことだろうと悶々としていると、歩いていたイルミさんが「あ、忘れてた」と 急に立ち止まった。何事かと思い顔をそちらにやれば、「好きだよ、」と真顔でさらっとおっしゃいました、ええ。 心なしか、心臓が早鐘のように鳴っている。周りに咲いているサクラの花びらが舞う。


なんてことだ。 私はどうやら、忌々しい春に恋をしてしまったようだ。











春色カムパネラ

(春を告げる鐘が、いま鳴り響いた)
















2012.11.07 UP