今は人に会いたくなくて、ひとりで居たくて、わざわざ人目のつかないところに来たと言うのに この男は何故わざわざ来るのだ。最悪だ。用事があるときに限って中々姿を現さないくせに、 こういうときに限って、わたしが会いたくないときに限ってなんで来るの。ほかの人ならまだしも、 よりによって、この男。

「こんなところで何してるの?ちゃん。」
「・・・どっか行け、鉢屋。」
「つれないな。」


つれないな、じゃねえよ。台詞とは裏腹に、楽しそうににやにやと口元を歪める鉢屋。実に憎たらしい。 鉢屋は色素の薄いふわふわとした髪を揺らして、わたしの目の前に佇む。その佇まいさえ、鉢屋がすると見目がよいものだから 本当に腹が立つ。雷蔵の声真似をして、雷蔵のようなふわりとした表情で笑いかけてきたが、本物の雷蔵ならば わたしが校舎裏のこんなじめじめとしたところで体育座りをして塞ぎ込んでいたら、声をかけようかかけまいか悩みに悩んだ末、 寝てしまうのがオチだろう。そもそも今は確か雷蔵は図書委員の仕事があったはずだから、こんなところに居るわけがない。 ちらり、と視線を動かしてみれば目元をほそめている鉢屋。いつまでここに居座るつもりだお前は。

「なんでお前には私の変装が通じんのだか。」
「雷蔵はそんな卑下た笑い方しません。」


わたしがそう言えば、鉢屋は一瞬目を見開いたように見えたけど、すぐにまたにやりと笑みを深める。 鉢屋は日向に立っていて、わたしは日陰に座っていて、ちょうど鉢屋が逆光でかすむ。そのせいで、いつもより鉢屋の 顔が見えないことがまだ救いだった。今は、あまりこいつの顔を見たくない。 どうせ、すぐには去ってくれないのだろう。何か言いたいことがあるならさっさと言え、と恨みがましい視線を送るが 目の前の男の表情はなんら変わらない。

「結局、思いの丈は伝えなかったのか」

ああ、やっぱりか。まあそうだろうとは思ったよ。なんで鉢屋が知ってるの、と言いたいところだが こいつはやたらと広い情報網を持っている。つまりは、そういうことだろう。
今日、六年生の先輩方がこの忍術学園を卒業された。卒業試験を受けて、城付きになる人フリー忍者になる人様々な先輩方が、 卒業された。わたしがお世話になったくのたまの先輩も勿論、委員会でお世話になった忍たまの先輩もだ。 たくさんの先輩にお世話になったが、中でも一等わたしの心に残っている先輩がいた。立花仙蔵先輩。作法委員会の委員長で、 成績優秀・眉目秀麗、後輩の世話もやいてくださったいい方だった。鉢屋も、他の五年生も立花先輩にはなんだかんだで可愛がられてた。 かくいうわたしは、あまり立花先輩とは関わりはあまりなかった。そもそも学び舎が違うし、委員会も違ったので 話すことすら数える程だったと思う。けれど、わたしの心にはいつも先輩がおり。つまりは、忍者の三禁と謂われるものに ほんのりと、ゆるりと浸かっていたのである。

「立花先輩は、城付きの忍びになられるそうだ。」
「うん、知ってる。」
「あの人と、ともに働くという噂だ。」


うん、知ってる。
あの人とは、きっと立花先輩の恋仲のくのたまの先輩のことだろう。立花先輩には、とても美人な恋仲のひとが居た。 わたしの先輩にあたる人で、優しくて穏やかで器量もよくて後輩思いで、けど少しお茶目な女性だった。お二人のことをを まさしく理想の恋仲と言うのだろう。見た目は勿論のこと、雰囲気もとてもお似合いだった。立花先輩に、そういった存在が いることは大分前から知っていた。自分の気持ちに自覚する前から、ずっと。それでも、二人の仲が憎いと思ったことは一度たりとも ないし、女性に嫉妬をしたりなどはしなかった。もとより、この思いを伝える気はなかった。 それでもなにか、胸がつっかえるような気持ちでわたしは空を見つめる。

「よかったのか。」
「別に、思いを告げる気はなかったよ。恋仲になりたいというのも、なかった。」
「まあ、お前はあの人と釣り合わんだろうな。」
「うるさいよ。」
「なんだ、人が慰めてやってるのに。」


肩をすくめて、なんだか腹の立つジェスチャーをする鉢屋。どこが慰めているんだ。本当にこいつは、人をおちょくりに来ただけか。 自分のつま先を見つめてみると、ついさっきまで体術の授業だったからか土埃で汚い。あの人は、きっと綺麗なつま先なのだろう。 ちらちらと、視界の端で薄茶色の髪が揺れる。

「お前が思いの丈を告げたところで、惨めに玉砕するだけだっただろうしな。」
「わかってるよ。」
「あの二人は本当に似合いだった。」
「鉢屋に言われなくても。」
「私は早く、お前のそれが終わらないかと楽しみだった。」


鉢屋の台詞が、しんとした空気を震わした。それってどういうこと、と反射的に視線をあげるが相変わらずの逆光で 鉢屋の顔はよく見えない。きっと、いつもの厭らしい笑みを浮かべているのだ。その口が動いて、「。」とちいさく 名前を呼ばれる。じん、と鼓膜に音が染み入った。

「だから、私にしておけと言ったんだ。」




きみの幸せなんて願わない








2014.4.3 吉切