「先輩方、やめてください!」

「その人は敵じゃないんですぅ!」

「確かにタソガレドキ忍者ですけど、いい人なんです!」

「そうっすよ!俺たちを、乱太郎と庄左ヱ門をここまで運んでくれたんす!」


いつのまにか私の横には、先ほどまで保健室の中にいたはずの金吾くん、きり丸くん。 そして廊下の向こうからは、先生を呼びに出て行ったしんべヱくんと喜三太くんがいた。 声高々と叫んだ彼らに、一瞬隙を見せる目の前の深緑。普段ならばこの隙をついて逃げるのが上策だろうが、 生憎いまはそんな野暮なことはしない。というか、そうすることによって余計誤解をされるだろうし。

私を庇うように前に出てきてくれたのはきり丸くんだ。あんなにも警戒心をいちばん剥き出しにしていたのに、 こんなことまで言ってくれて。私がいちばん吃驚してしまった。 そんな下級生の様子によりたじろぐ、目の前の彼ら。迂闊に手は出せまい。


「そうだ、お前ら武器を収めろ。立花、お前が一番状況判断に長じていると思うのだが?」


突如した声に、思わず身を強張らせた。声のした方を見ると、黒い忍び装束。喜三太くんとしんべヱくんの 後ろについているということは、例の土井先生とやらだろうか。全く気配に気づかなかった。 目の前の彼らに気をとられているとはいえ、全く気づかなかっただなんてどういうことだ。さすが 教師といったところか。立花、と呼ばれた少年は少し考えたような素振りを見せたのち、「お前ら、 やめろ」と目の前の彼らに言う。数人はすぐさま下ろしたが、隈の少年とつり目の少年はいささか 不満があるようだ。
土井先生とやらがそれを確認したのちに、こちらに歩み寄ってきた。そして、にこりと 人のよさそうな笑みを浮かべる。イケメンですね。


「どうやら今日は私の生徒が大変お世話になったようで。なんとお礼を言えばよいのか。 本当にありがとうございます」

「いえいえ、偶然通りかかったので、彼らを運んだまでです」

「そのおかげで生徒たちは助かりました。本当にありがとうございます」


やはりプロの忍び(というか大人)は話が通じる。恐らく警戒はしているものの、それを表に出さず 礼を言ってきた目の前の人物に返事をする。言葉はたぶん本心だろう。こんなにも礼をされると、 少しばかり調子が狂うなぁ。あっ、待てよ。土井先生ということは、例の諸泉先輩の好敵手(らしい) 人か。うん、これは先輩勝てませんわ。
さて、今度こそ帰ろうと思ったそのときだった。またもや気配を感じる。今度は、五人か。 次から次へと一体全体私になんの恨みでもあるんだ。


「庄ちゃん大丈夫か?!」

「三郎、庄左ヱ門より乱太郎が重体なんだから〜」


先頭をきっていた少年がこちらへ気づき、心配げにしていた態度をすぐさま変える。切り替え早。 その横にいたなんとも不思議な髪型をした少年も顔は笑ってはいるが、警戒心剥き出しだ。 どいつもこいつも一丁前に警戒して、少しは子供らしくしたらどうでしょうか。 その二人に続いて、三人がやってくる。勿論その三人も私の存在に気づくわけだが、


「あっ!あのときのタソガレドキ!!」

「ばっ、ハチ!馬鹿!!」


そのうちの二人がおもむろに声をあげた。最初に声をあげたのは、なんとも髪の毛が痛々しい少年だ。 そしてその少年を諌めるように声を出すふわふわとした髪を揺らす少年。え、あのときのって。 やばいな、いつ見られたんだろうか。あのときって、どのとき。思い出せ、思い出すんだ。 更年期障害じゃあるまいし、思い出せ。・・・あっ、あのときか。あのときの忍たまか。 鵐先輩とどっかの城の情報を盗ってきた帰りに、見つかったのだっけ。 「やべえどうしよう」と焦っている痛んだキューティクル少年とふわふわ少年の後ろには、 これまた美少年が立っていた。なぜか豆腐食べてた。なんで豆腐。
まあ別に彼らをどうこうするつもりはない。と視線をふいと外したのがいけなかったのか、最初に来た ふわふわ少年と瓜二つの少年と、うどん少年が武器をいよいよ構えた。すいません、ここ保健室前なんですけども。 土井先生がなんとか言ってくれるだろうと何もしないでいると、またもやガラッと音がして後ろの 扉が開いた。


「鉢屋先輩、尾浜先輩。武器を仕舞ってください」

「庄左ヱ門!」

「あの人は僕たちを山賊から守って、ここまで送ってくださった恩人です。武器を向けるだなんて真似、 やめてください」

「・・・だが」

「それに僕の怪我はもう処置してもらいましたし、乱太郎の容態も安定してきました」


そうひとつひとつ、冷静に話す庄左ヱ門くん。先輩相手に落ち着いたこの風格。本当に下級生だろうか。 というか、乱太郎くんは一安心の状態にまでなったということか。よかった。だから きり丸くんがこっちにやってきたわけね。庄左ヱ門くんに宥められ、武器をしまう二人。 ここの忍たまは警戒心強すぎだと思う、あと血気盛んすぎる。


「乱太郎の容態はだいぶ落ち着いたよ」

「善法寺先輩!」

「伊作、もう大丈夫なのか?」

「うん。大した症状でもなかったし。ただ、少し処置が遅れていたら大事になっていたかもしれない」

「そうか。一先ず安心だな」


善法寺くんの言葉に異様に安堵してみせるつり目の少年。彼は乱太郎くんの兄か親戚だろうか。 うんまあ、乱太郎君が無事ならもう用はないだろう。庄左ヱ門くんも大事には至らなかったようだし。 一応、ここにいる全員は殺気をもたないようになってくれたのだし。


「本当にありがとうございまし、あれ。さっきの人は?」

「ああ?!いねえ!!逃げやがった!」

「文次郎うるさいぞ、乱太郎が起きたらどうする」

「そうだぞ文次郎てめえ、乱太郎の容態が急変したらテメエのせいだからな」

「ああ?!んだとテメエ!」

「やんのかコラァ!!」

「静かにしろ・・・二人とも・・・・・・」

「ちぇ、久しぶりに闘れると思ったんだけどなあ」


喧しく騒ぐ六年生を反対に、静かに場に佇む一年生。 庄左ヱ門はぼんやりと、思考にふけっていた。それに気づき、しんべヱが声をかける。


「庄左ヱ門どうしたの?」

「いや、結局分からず仕舞いだったな、って思って。名前」

「ほんとだ!聞いてねえ!」

「はにゃあ、いつかまた会えるかなあ」

「そうだな、ちゃんとお礼もしてないし」


そうやって笑いあう一年生の横で、これまた五年生が騒がしくしていた。


「ところでハチと雷蔵はさっきの忍びに会ったことあるの?」

「え゛っ?!は、ははっ、んなわけねえじゃん!」

「さっき思いっきり言ってただろう」

「いやぁ、うん。ちょっとね」

「珍しいのだ、雷蔵がそんな目にあうなんて」


それどういうことだよ兵助ぇ!という声を背に、は音もなく塀から飛び降りる。 今回は世話を焼きすぎてしまった、と独りごちる。金吾に預けていた忍び刀ときり丸に預けていた苦無は 出て行く際に抜き出した。きっと気づいてはいないだろう。
地を蹴り、森を駆け抜けていくと先刻別れた二頭の狼が両側からやってきての横についた。きっとある程度のとこで待機していたのだろう。 賢い奴らだ、と無意識に口角をあげる。流れる景色を横目に、きっと組頭に何かしら言われるのだろうと これからのことにはため息をこぼした。まだ陽は沈まない。





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一気に登場させすぎました。
2014.9.21 吉切