目が覚めてまず聞こえてきたのは、赤ん坊の産声だった。


私は一度、その人生の幕を下ろしたはずだった。いつも通り自転車で下校していて、 その日は少し道が混んでいたものだから少し遠回りをしようと、スピードに乗ったときだった。 私の視界の端には突っ込んでくるトラックが映り込み、まあ、想像できるとおり私の体は呆気なく 吹っ飛ばされた。即死だ。見るも無残な姿だったことだろう。心残りは沢山あったし、こんなことで 死ぬのかとも思ったし、ああ今日の金曜ロードショーは好きな映画だったのにな、とか体が 吹っ飛ばされる直前の0.0秒刻みの時間で思考を巡らせた。不思議と走馬灯、と呼ばれる類のものは 流れなかった。死ぬ直前くらい家族とか友人とかの思い出に浸らせてほしい。 それにしても私運悪すぎる。昨日なにか悪いことしたっけ、と思い出してみるが特段なにかが あったわけでもない。ごく普通に、一般的な女子高生をしていたはずだ。神様も意地が悪い。 あ、やばい。部屋散らかったままじゃんか、と思ったところで意識が途切れ。


そして、冒頭の一文に戻るわけだが。
再び意識が浮上したときに、聞こえてきたのは赤ん坊の声。だがおかしなことに、その産声は 内側から発せられている。視界は非常にぼんやりとしている。朦朧としていた意識が 少しずつ覚醒してきたころ、なんとも奇妙な感覚に陥った。手足の感覚が、なんとも朧気なのだ。 そして頭の何処かで、これは一度体験のしたことであると何となしに思う。ここでまた意識が 飛ぶのだが、次に目を覚ましたときに私は確信した。ああ、私は今第二の人生のスタートを 切ったのか、と。聞こえてきた赤ん坊の産声は、ほかの誰でもなく私のものだったわけだ。 私を取り囲み、覗き込む複数の顔。恐らくは私の両親であろう人たち、親類の方々だろう。 自分の意思とは反対に泣き出す私に、にっこりと、口元を綻ばせていた。

これは所謂、転生というものなのだろうと悟ったのは三つにも満たないとき。 しかも所謂前世というものの記憶持ちの。なんとも迷惑な話だ。私は大変つまらない子供だった ことだろう。自分でも自覚している。しかし、これは仕方ないことだと思う。 いや、だって前世、つまり16そこらだった私の意識が今現在もあるわけでね?歩いたりするのは 自分の意思とは別に体がついていかなかったので、ごく普通の子供と同時期の発達だったとは 思うけれど。如何せん、子供らしさのない子供だったことだろう。それでも私は、 生まれた家の長子だったのでそれはそれは可愛がられた。それもまあ、一般とは違う可愛がり方で あったけども。
驚くべきことに、私は忍者の家に生まれたのだ。忍者って、それマジですか。あの忍者ですか。 山を越え谷を超え、やってくるアレですか。道理でなんか、やけに小さい頃から何か痺れる物を 飲まされていたと思ったんだ。毒慣らし、とかいうものだったのだろう。 しかも私が生まれたのは、かの有名な”伊賀忍”の地・伊賀とかいうものだったらしく、しかも私の家は 伊賀忍を束ねる家系(所謂、頭領というもの)らしく、・・・ここまで言えばお分かり頂ける だろうか。はい、復習。私の家は伊賀忍、そして父は頭領、私は長子。 はい、死亡フラグ。そういうわけで、私は幼い頃から周りからの期待やら何やらに押し潰されそうに なりつつも、なんとかかんとかして今現在も息をしている。平成っ子で、ゆとり世代の申し子 とも言える私がよく頑張ったものだ。自分で自分を褒めちぎりたいレベルである。



毎日の辛い修行にも耐え、周りのお小言も流せるようになり、大抵の毒ならば耐性がつき、 一人前に任務をこなせるようになったときである。私は、里を抜け出した。 そのまま里にいて頭領の座につけばよかったものを、私は里を抜けたのだ。理由はまあ単純で、 周りがいやだった。ねちねちと嫌味ったらしく言ってくる者が多いのはもちろんのこと、 やたら期待を押し付けてくる者など、正味人間関係に疲れたのだ。そうして私は「抜け忍」と いうものになったわけだが、しばらくは逃亡生活が続く。伊賀はやたらめったら抜け忍などという ”裏切り者”に厳しい。暫くは追っ手に命を狙われる日々が続いたが、なんとか凌ぎ。 さて、これからどうしようかというときであった。


「君、抜け忍?いい腕だねぇ、暇ならうちに来るかい」

これが今現在の私の上司である、組頭との出会いだった。どういう経緯だったかは生憎記憶の 遥か彼方にいってしまったので思い出せないが、確かこんな言葉をかけられたはずだ。 というか、この人はよく抜け忍を自陣に誘ったものである。普通、知りもしない忍びを 誘うか?(後日聞いてみたところ「退屈しなさそうだったから」だそうだ。どんだけ) それよりも、「来るかい?」ではなく「来るかい」なところが、いかにも組頭らしい。 まあ、そんな素敵なお誘いを私が断るわけもなく。




ちゃん、お出かけしよう」

「組頭、仕事が残ってます」

「ええ〜いいからいいから、私とお出かけしよう」


よくねえよ、仕事が残ってるのは私じゃなくてアンタだからな。 私の目の前には、忍び装束で至る所を隠しているのに加え、包帯も巻かれてかなり不気味な男。 私をタソガレドキにスカウトした張本人、タソガレドキ忍者隊組頭・雑渡艮奈門である。 このオッサ・・・男はいい年こいてるくせに、お姉さん座りなるものをしている。正直、組頭が しても何もときめかない(そう言ったらなんか怒られた)。


ちゃんは尊奈門みたいなことを言うねえ。禿げちゃうよ?」

「誰が禿げますか。というか、いい加減仕事しないと諸泉先輩が過労死します」

「尊奈門が過労死とか(笑)」

「(笑)じゃないです!!!組頭!!!!!仕事は!!!!!!!!」

「おや、尊奈門。いつのまに」


本当、いつのまに来たんですか諸泉先輩。組頭が(笑)とか年の割りには頑張って今時の 言葉を使っていると、どこからか鬼の形相で現れた私の先輩。必死すぎるだろ。というか、 先ほどの組頭の発言からいくと諸泉先輩が今現在禿げているということになるのだが、そこのところ 諸泉先輩いいんですか。諸泉先輩が組頭に捲くし立てて、それを組頭が「あ〜ウンウン、ハイハイ」 と何ともいい加減にあしらっている風景は最早日常と化している。
少々喧しい二人を遠目に、少しばかり思考にふけっていると隣にふと感じる気配。突如現れたその気配 に私は特に驚くこともなく、ちらと横を見やる。相変わらず、 非常に薄っぺらくて、なんとも厭らしい気配だなあ。


「鵐先輩」

ちゃあん、おはよ」

「もう昼過ぎです」

「あれ?そやった?ううん、あっち居ったら感覚狂うやんなあ」


そうやってすっ呆ける先輩をよそ目に、心中呆れる。また色街か。懲りないな、この人も。 道理で今日は匂うわけだ。つん、と鼻を刺激する匂いに不本意ながらも慣れてしまった。 この人、普通に首筋に紅をつけて朝帰りとかしてくるし。ほんとに忍者かこの人。
私が腰を下ろすと、鵐先輩も同様に私の横に腰を下ろす。あっ、あまり近づかないでください。臭い。


「ほんで、今日もいつもの?」

「そうです。お出かけしようとか、なんとか」

「ふうん。まあ、そんなことよりボクと町の方行かん?ちゃん」

「その匂い消してきてからならいいですよ」

「あっ、鵐なにやってるの。私がちゃん誘ってたのに」

「組頭は尊奈門とおしゃべりしてましたやん、ちゃんはボクとお出かけするんですぅ」

「私が先に誘ったんですぅ〜。年功序列、って言葉知ってる?」


どうでもいいから私を挟んで言い合うのやめてほしい。組頭は包帯を巻いてるからか、 なんか薬品臭い。高坂さん曰く、忍術学園の保健室に入り浸ってるせいもあるらしい。おい忍者。 薬品臭い組頭と女臭い鵐先輩に挟まれているこの場面、匂いに敏感な私にしたら拷問である。 というか、いい年こいた大人二人が気持ち悪い口調って。誘ったんですぅ〜、じゃないわ。
心底いやそうな顔をしていたであろう私に、諸泉先輩が些か同情にも見て取れる顔を向けてきた。 やめてください、惨めになるじゃないですか。


「お互い苦労するな・・・

「諸泉先輩ほどでは」








BACK
次回、忍者のたまごが出ます、きっと。
2014.5.24 吉切