(あれ、またあの子)

最初に見かけたのは駅前の本屋さん。僕の最寄り駅の近くにあって、品揃えも豊富だから暇さえあれば よく行くところ。そこで、彼女はバイトをしていた。新しい子が入ったのかな?と初めて見る顔に、 最初は特に何も感じなかった。

次に彼女を見かけたのは、学園の近くにあった焼き肉屋。有名なチェーン店で 、いつものメンバーで食べに行ったときに彼女がフロアにいたんだ。そのときは少しだけ、「 僕のこと、気づくかも」と何故だか分からない期待がほんのりとあったのだけれど、どうやら彼女の方は そうではなかったみたいで。お席ご案内します、と業務的に挨拶をされただけだった。 彼女はどれくらいのバイトをしてるんだろうか。本屋に行ったのは水曜日で、今日は金曜日の夜だけれど 彼女は一週間にどれくらいバイトをしているんだろう。そんなとりとめもない疑問が尽きず、思わず彼女の姿をじっと見ていると 「なぁに、雷蔵あの子気になるの?」と勘右衛門にからかわれちゃったりした。

次に会ったのは、近所のコンビニ。休日であまりに暇だったもので、ついでに小腹も空いたしな、と 足を運んだ先でまた偶然にも彼女に出会った。聞きなれたチャイムを聞きながら店内に入ると、 いらっしゃいませ、と今どきの(僕たちくらいの年の)バイトにしてはハッキリとした声で言う彼女。 いつもの通り何を買うか散々悩んで(その際に、何度か彼女をちら見したのは内緒)、適当に籠に商品を 放り、レジへ向かう。彼女がバーコードリーダーを鳴らす間も、僕は「気づくかな」と謎の期待を 持っていたわけなのだけど、彼女は特に反応なし。僕ってそれなりに人の目を惹く方ではあると 思っているんだけどなあ。ふと、目の前の彼女を見つめてみた。年はいくつだろうか。僕は勝手に 同い年くらいだろうとふんでいるのだけれども、どうだろう。仮に同い年だとして、彼女の容姿はあまりにも 僕の知っている同級生の女の子とはかけ離れている。髪の毛は染めてない、綺麗な黒色。巻いてもいない まっすぐな髪をひとつに縛っている。メイクもあまりしていないみたいで、自然な睫毛が目を縁取っていた。 アクセサリーなどはつけておらず、細い手首に腕時計とミサンガのようなものがついているだけ。その爪も、薄ピンクの ままを保っている。総じて、今どきにしては珍しい子。特別目を惹く容姿の子ではないはずなのに、 いつのまにか僕はこの子の姿を探すようになっていた。

どれくらい見ていたのだろうか。「お会計568円になります」と言われて、 ハッとし急いで1000円札を渡し、お釣りをもらう。 お釣りを渡すその仕草さえも、通常ならば僕は好ましく思わないのだけど、彼女のそれは なんだか綺麗に思えたのだから不思議だ。やっぱり気づかないか、と なんとなしに残念な心持で商品を受け取って帰ろうとしたそのとき。「よく会いますね」 少し眉を下げてそう言う彼女に、僕はそう。

彼女・に僕は恋をしていたのだ。







「・・・はぁ」
「雷蔵、どうしたんだ?ため息なんかついて」


どうしたもこうしたもないよ、と思わずため息をついてしまう。そんな様子に声をかけてくれた 三郎は心配げに眉を寄せた。授業が終わって、周りが次の授業の準備をしたり、クラスメイトと談笑している中、 僕は机にうつ伏せてため息をつく。

とはあのあと、僕の涙ぐましい努力でお近づきになれた。名前は名札を見ていたから知っていたから、 そこから高校生であることを知って、なんと同じ大川学園であったことも知って。メアドとラインを どうにかこうにかして交換して、普段からも連絡をとるようになったり。はたまた、僕から彼女のバイト先へ 訪ねてみたり。今思えば、かなりぐいぐいと行動していたなあ。まあ、それはそれとして! 僕はの「彼氏」というポジションにこぎつけたわけなんだけれど。 じ、と手元のスマホの画面を睨み付ける。そこには、数日前に彼女からもらったライン。 今まで付き合ってきた女の子たちのラインからは考えられない、とても簡素な、ただ用件のみを伝える一行。 「ごめん、今日バイト」。

「三郎、僕って前はどれくらい彼女とデートしてた?」
「?週に一度はしていたんじゃないか?割としたがる女だったみたいだし。休日じゃなくても、 平日は放課後デートとかしていただろう」
「だよねぇ・・・」


やっぱりそれくらいするよなぁ。僕が三郎の言葉を聞きため息を深くするものだから、大丈夫か?どうした? と三郎が不安げな顔でみてくる。大丈夫、とは言えないかな。 とは、いまだ一回しかデートできていない。付き合ってもうすぐ2ヶ月が経とうとしているにも関わらず、だ。 想像が出来るとおり、の一週間のスケジュールはバイトでぎっしりだ。確か、三つ掛け持ちしているはずだ。 それって大丈夫なの?と聞いてみたことがあったが、なんとなく濁されてしまっていた気がする。 付き合ってから知ったことだけど、は一人暮らしをしている。だから、こんなにもバイト漬けの毎日 なのだけど。生きるため、と言っても過言ではないその多忙なバイトに僕が口を出せることではないのかもしれないけど、 それでも僕はひとこと言いたい。
健全な女子高生と男子高校生の、カップルとして、もう少しそれらしいことをしてもいいじゃないだろうか!
付き合ってからのこの2ヶ月。少しではあるけれど、のことは分かってきた(と僕は思ってる)。 まず、は所謂「イチャイチャする」という行動を好まない、のだと思う。たまにいっしょに帰ったり するときは、まずからは手をつながない。腕をくむなんて以ての外だ。 僕からそっと指先を絡めれば、今まで付き合ってきた女の子とは比べ物にならないほど、遠慮がちに返してくれる。 そんなところが、ものすごく可愛いし、どうしようもないんだけどね。

「はあ」
「雷蔵、本当に大丈夫か?具合でも悪いのか?」
「僕って魅力ないのかなあ・・・」


思わず突っ伏した腕に、顔をうずめる。なんだか急に三郎がやかましく言い始めたけど、今はそんなこと 気にも留めてられない。僕の意識は、ただただ数日前のからのラインに向いている。 通知が来ないかと、今か今かと待つけど、まあそんな急になるわけもないよね。

突っ伏すことで真っ暗になった視界の中で、僕の思考はどんどんマイナスのものになってゆく。 もしかして、僕たちって付き合ってないとか?いやいや、そんなはずはない。デートだってしたし。 僕が告白したら、はちゃんと返事してくれた・・・よね?あれ、そういえば僕、から好きって 言ってもらってない気がする。え、嘘だろう。急に心配になってきた。 本当に僕は、の彼氏なんだろうか。もしかして僕の独りよがり、勝手な勘違いだったのではないかと 不安になってくる。どうしよう、ちょっと泣きそうなんだけど。

今は休憩時間だし、このまま早退してしまおうかな。 いまだに僕の頭の上では、三郎がなにやら喋っている。こんなときくらい静かに出来ないのかなぁ。

「というわけで、雷蔵はいま具合悪そうだから」
「そっか。じゃあ、またあとで来るよ。雷蔵、お大事にね」


え?

「えっ、ちょっ、?!」
「あれ、雷蔵起きてたじゃん。鉢屋、嘘つかないでよ」
「いや、今の今まで突っ伏してただろう?さっきまでため息ついてて、具合悪そうだったんだぞ」
「雷蔵、保健室いく?」


いや、体調は全然大丈夫だけ、ど。なんでがここにいるの?というか、いつからここにいたの。 さっきまで三郎が何か喋ってたのは、もしかしてと会話してたのか?なんで僕に声かけてくれなかったの。 もやもやと色々な思考が出てくるけれど、いまはそんな場合じゃない。 から僕の教室に来るなんて、すごく稀なことだ。いつも僕のほうからの教室に行ったり、 屋上だったり図書室とかで落ち合うのが普通だから。なんだか少し、変な気分だ。ドキドキする、とでも言えば いいのだろうか。もしかして急用だったとか?そしたら机に突っ伏してて、申し訳なかったなぁ。

「体調は全然問題ないよ。それより、どうしたの?僕の教室に来るなんて珍しいじゃない」
「ああ、うん。ちょっと雷蔵に用事があって」
「僕に?」


やっぱり僕に用事があったのか。なんだろう。まさか、ここで別れ話が切り出されるとかじゃないだろうか、 と最悪なケースが思い浮かぶ。ついさっきまでネガティブのどん底にいたものだから、悪い展開しか 思いつかない。どうしよう、ここでフラれたら間違いなく僕泣くと思うんだけど。 ものすごくばくばくする心臓を押さえつけながら、を見上げると、ひとつの袋。よく見かける、有名なCDショップの袋だ。 そしてそれを僕のほうへと差し出して、え、差し出して?

「はい、雷蔵」
「え、っと。え?僕に?」
「うん、雷蔵に」


なんだろう、と袋を開けてみる。僕の前の席に座ってた三郎も「なんだ?」と覗き込んでくるけど、 いまはそんなの気にしていられない。見慣れた袋を開け、覗いてみると、一枚のCDと、一冊の本。 どちらも僕がずっと前から欲しくて、でも中々見つからなかったものだ。しかも、それなりに値が張る、のだ。 それが今、僕の手の中にある。 どういうことなのか状況が整理できなくて、ぐるぐるして、何か言うべきなのに中々言葉にならない。

「え、、これ、あの、えっ?」
「えっ!あれ、雷蔵、これ欲しいって言ってなかった?やばい、間違えた?」
「いや、これ、その通り、僕がずっと前から欲しかったやつだよ!けど、どうして」
「前話してたとき、雷蔵欲しいって言ってたでしょ?それで、私雷蔵になにも出来てないから、まあそういうことです」


そういって苦笑いするだけど、これらはそう易々と手に入るものじゃない。 それは僕が一番わかっているし、わかっているから今まで手に入れることができなかったんだ。

「でも、これ、」
「うん、まあ雷蔵なら値段とかも知ってるだろうから言うけど。実はバイトのシフト増やしたのね、 さすがにそんなにお金に余裕なかったから。で、行ける範囲の店回りつくして、ツテというツテを使って 入手したから、かなり時間かかっちゃった。シフト増やしたから、時間は余計なくなったし。 ここ最近、雷蔵と会えなかったのもそのせいです。ごめんね」


そう話し終わって目の前のは笑うけど、僕はもうそれどころじゃない。 じゃあ、なんだ。ここ最近ずっと僕といっしょに帰れないしデートもできないしの日々が続いたのは、 僕がきっと何の気なしに呟いた一言のために、がバイトを増やして店という店を回っていたから だというのか。それなのに僕は、あんな馬鹿みたいな思考で落ち込んで。

ああ、もう、


だいすき可愛すぎ本当好きなんだけどもうどうしたいの・・・」
「えっ、なに雷蔵、ちょっ、離してここ教室なんですけど!」


ここが教室だなんて関係ない。今、を抱きしめないでいつ抱きしめるの! 僕の肩口で顔を真っ赤に染めるが、いまはただただ愛しい。僕のためにバイトを増やして、 色々な店を回って、このCDと本を買ってくれたのかと思うと顔のにやけが止まらない。 僕はこんなに素敵な女の子の彼氏になれたんだと思うと、笑みはますます深まるばかりだ。

でも、やっぱり一言いって欲しかったな。現に僕は寂しかったし。 今度こういうことがあったら、ちょっと意地悪しちゃいたいな。とりあえず、今日は一緒に帰ろうね、。 もちろん、放課後デートだよね?




2015.04.12 吉切