見渡せば空は何処までも青い。

まだ冷たさを残す空気に肩が震える。暦では弥生の筈なんだけど。 でも、道端に生える草花だとかを見ると「春が近づいているんだなあ」と実感できる。


今日も今日とて、私は元気だ。







「・・・よし、こんなものかな」



ふうと息をつき、立ち上がる。ずっと篭もっていたものだから、節々が軋む。
そんな一連に慣れてしまった自分が怖いよ・・・。


ふと目線を下に走らせれば、艶やかな光を魅せる皿。私が今の今まで作っていたものだ。



私はしがない漆器職人で、皿・お箸・簪・櫛、様々なものをつくっている。
出来上がった作品を見て、お客様が喜ぶ姿を見るのが生き甲斐だ。

両親は私が幼い頃に亡くなり、叔父である「師匠」に雇ってもらった。
そして今、こうやって漆器を作っている訳だけど・・・私は今の仕事が好き。

最初は師匠である叔父貴のご贔屓の方々に、私のつくったものを買って頂いていたんだけれど、
どうやら私の腕が(?)広まったらしく、今では沢山の方々にご贔屓にしてもらってる。
遠方からわざわざ私の作った漆器を買うためにやってくる人も少なくは無い。
それに加え、今では国主様にもご贔屓にしてもらっているというのだから・・・今の私は物凄く贅沢だと思う。





(・・・充実しているよなあ)





ふと窓から外を見てみれば、青く清々しい空に高い太陽。
どうやらもう昼過ぎらしい。・・・私は仕事となると時間の感覚がなくなるんだよね。

とりあえず今日の仕事は終わったので、一息つこうと厨へ足を進める。


と、





「やっほ〜、ちゃん♪依頼していたもの、取りに来たよ」

「ひっ?!」

「ひっって・・・酷いな〜俺様傷ついちゃう」

「さ、佐助・・・」






・・・相変わらず、心の臓に悪い人だな・・・。


私が厨へ向かおうと足を進めれば、突如目の前に人が現れた。
いや、もう、ニュッって感じ。本当に、突然。天井から、こう逆さになって出てきたんだけど。
その人は何とも奇妙な服を見に纏い、蜜柑色の髪を揺らしている。


名は佐助。

わが国の国主・信玄様の忠臣である真田様に仕えている忍だそうだ。
なんでも、その忍隊の長らしい。・・・いや、噂で聞いただけなんだけどね。



忍だから仕方ないんだろうけれど、もう少し普通に登場して欲しい・・・。
私は一般人であるのだし、毎回こうされると心の臓に悪い。冗談抜きで。

佐助はウチのお得意さんだ。
といっても、佐助自身が購入してくれるわけではなく彼の仕えている真田様や、そのさらに上の信玄様がご贔屓にしてくださっている。
男性なので、皿やお箸が多い。稀に鏡や刀の装飾なども頼まれるけど。
それで、忍である佐助はお使いにきているわけだ。






「えーっと、今回は盃だったよね?ちょっと待ってて」

「はいはーい♪」



佐助にそう言って棚を漁る。今回は信玄様の依頼で盃だったはずだ。
えーっと、どこだ・・・と私が探している間、佐助は私がさっきまで作っていた皿を見ている。
なんか、・・・目の前であそこまで観察されるのは恥ずかしい気がする。

と、そんな場合じゃない。意識を棚の方に戻し、探していればそれを見つける。
黒に、桃色の花びら・紅色の炎と風が映える作品だ。中々に自信作だったりする。






「はい、此方になります」

「ほいほーい。じゃ、これが代金ね」

「毎度」



私が品を渡せば、佐助が紙に包まれた代金を私の手に置く。
・・・毎度思うのだけど、なんかお金が多い気がする。そう言えば「そんなことないよー。大将の気持ちの分だって♪」と佐助は言うんだけど、 やっぱりなんだか申し訳無いというか。でもそう思う反面、そう思ってもらえてるということに嬉しくも思う。



お金を金庫にしまい、さきほど中断した茶を飲もうと厨へ向かおうとするんだけど何故かまだ佐助が店内に居る。
いつもなら颯爽と帰っているところなのに。
私が首を傾げ、「何の用?」と言おうとしたところ、佐助の笑顔に遮られた。






「あのさ、ちゃん」

「え、な、なに?」

「ちょーっと俺様につきあってくれない?」









**










「う、わあー・・・!」

「んふー、凄いでしょ?」




私はいま、すごく、とてつもなく感動している。ここ一番の感動と言っても過言ではない。





あの後、私は仕事も終わったので佐助の提案を承諾した。
と、承諾した瞬間わたしは佐助に担がれ、気づいたら長屋の屋根の上を移動していた。
担がれたというより、横にして抱かれていたんだけど。忍はなんでもありなのか?

町を抜け、しばらく森を移動した。その間、ちらと佐助の顔を窺って見ると・・・なんだか嬉しそうにみえたのは気のせいかな。


その森を抜けると、丘のような場所で。私の住んでいる町が見下ろせそうな場所だった。
そして、その丘には






「綺麗な桜の木だ・・・」

「んふ、凄いよね。この桜の木、毎年早咲きでね?俺様けっこう前に見つけたんだけど。今年も綺麗に早咲きしたわなー」






私の目の前には、大きな大きな桜の木がたっている。
幹がとても立派で、風でそよそよと揺れる花が可愛らしい。
早咲きって・・・早過ぎじゃないのかな?うーん、よく分からないけど。

早咲きということもあって、蕾が多い。花も満開ではないみたい。
それでも淡い桃色がとても綺麗だ。

こんな場所があったとは・・・長年ここらに住んでいるというのに全然知らなかった。なんだか得した気分。



それにしても、なんで佐助は私をここに連れてきてくれたんだろう?



私がそう思って佐助を見ていると、その視線に気づいたのか佐助が微笑む。
・・・不覚にも、ちょっと見惚れてしまったとかは言えない。






ちゃんさ、桜好きでしょ?だから、見せてあげたいなーって思って」

「へえ・・・へ?






確かに私は桜が好きだけど、佐助にそういうことを言った覚えはないんだけど・・・。
そう言えば、佐助はまた笑う。佐助ってこんなに笑う人だっけ。
にこって感じじゃない、目を細めて笑う。綺麗な笑い方だ。・・・って、私は何を思っているんだ。

心中自分にツッコミをいれる。






ちゃん、気づいて無い?ちゃんの作る漆器さ、桜の模様ばっかなんだよね」

「・・・あ」

「んふ、まあ綺麗だし、ちゃんらしいから俺様は好きなんだけどね♪」






・・・そう言われれば、そうかもしれない。今日佐助に渡した、信玄様に渡すものも桜の模様入りだ。
今日作っていた皿だって、桜の模様を取り入れてる。


少し恥ずかしく、気を紛らわせようと桜の木に視線を戻す。
・・・綺麗だな、淡い桃色がはらりはらりと、風に舞う。満開だと、さぞ美しいんだろう。






「ちなみに俺は、ちゃんも好きなんだけど」

「・・・はい?」




今、幻聴かな。佐助の口から信じられない言葉が発せられた気がするんだけども。
思わず、佐助の方を勢いよく向いちゃったじゃないか。目を見開いていることだろう。
そんな私の様子に、佐助は何処か満足げに笑う。






「もー、ちゃん鈍すぎない?俺様、結構あぴーるしてたつもりなんだけど」

「え、え?」

「確かに旦那や大将の注文ってのもあったんだけど、それ以外にも俺様けっこう逢いに行ってたのよ?」






「俺様、他の子にこんなことしないしー」と、続けてそう笑う佐助。

最初は何がなんだか分からなかった私だけど、思考がどんどん追いつく。
と、共に頬に熱が集まるのが分かる。きっとこの桜の花びらより、桃色に染まっていることだろう。
心臓が高鳴るのが分かる。
今まで漆器一筋だった私。それなりの年頃だったので、周りの女の子に恋人ができるたび気にしてはいた。
けど、ずっと漆器づくりさえできていれば良いと思っていた私は、そこで止まっていた。

が、今ここで、私はこんな経験をしてしまっている。


目の前で微笑む佐助に、今までに無い、くすぐったい感じがする。
「で、ちゃんは?」と訊ねる佐助に、私はただ真っ赤になるだけだ。



桜の花びらが舞う。心地よい風が、髪を揺らす。
どうやら一足はやい、春が私の元へと訪れたようです。





恋の早咲きは、君によって

(満開の桜に囲まれ、君と隣り合って笑うのはもう少しあとの話)






Photo by 「空色地図 -sorairo no chizu- 」












というわけで、紅姫さまのリクエストでした・・・!
佐助の戦国夢ということだったんですが・・・どうですかね?最初はくのいち設定もいいかな、とは思ったんですが。
なんだか一般人との恋が書きたかったんですはい言い訳です(←
というかタイトルが、どこぞの風来坊みたいなクサイものにwwww

漆器職人とか、管理人もよく分かってません(オイ  でも、漆器って綺麗だよね・・・!ってことで。
そして何故桜かというと、もうすぐ春ですし・・・ね!私的、色々含んだつもりです。

この夢を読むことによって、皆様にいち早く春がやってきますように・・・ということでw
ちなみに「貴方に微笑む」は山桜の花言葉ですね。


紅姫様、リクエストありがとうございました!!



2012.3.23