私は、生憎神などは信じない性質だ。
よく神に願ったり、祈ったりするがそんなのも無意味だと思う。
もし神が居たとするならば、とっくにこの世界は平和になっているだろし願いや祈りなんかも、すぐに叶ってしまう。
だが、今は願ってやまないのだ。
ああ、何故
何故
私は彼方を想ってしまったのだ。
「おい」
「…っあ、ああ、すいませんね」
「対峙中に目を臥せるたあ…いい度胸してんじゃねぇか」
沈んでいた意識が、ある男の声で一気に浮上する。
どうやら私は、無意識のうちに目を閉じていたらしい。
臥せていた目を開いてみれば、前には一人の男。こちらを射殺すような眼差しで見据えている。
ふと耳を澄ましてみれば、喧騒。
いや、耳を澄まさずとも嫌でも聞こえてくるのだが。
視線を横に・下に走らせて見れば、紅と蒼の屍。
鼻をつんざくような鉄の臭い、見慣れた紅(あか)。
ああ、ここは
戦場、だった。
戦場で、しかも対峙中に目を臥せたとは…私もとんだ馬鹿だな。
それだけ考え詰めていた、というところか。
「…ふっ…」
「…手前、何がおかしい」
私が自嘲気味に笑うと、目の前の男の眉間に皺が寄る。
男の刀を持つ手に力が入ったのが分かる。
「別に何もないですよ」と一言いうと、まだ納得いってないような顔をする男。
一体、何度似たようなことを繰り返しただろうか。
彼と私は敵対勢力だ。
私の前に立ち、対峙している男の名は片倉小十郎。
がっしりとした体つきで、いかつい顔で、頬にある刀傷が特徴的だ。なんでも剣の達人らしい。
そんな彼は東北の勢力…独眼竜率いる伊達軍に所属している。
しかも、その伊達軍の筆頭・伊達政宗の忠臣、そして右目と来た。
それに反し、私は豊臣軍に所属している。
一応、武将として名は連ねているが誰かに覚えられている訳でもなく、ただ戦っているだけだ。
そして、竹中様の腹心、らしい。
…自分でもよく分からないのだが。
竹中様にはよくしてもらったし、ご恩がある。路頭に迷う私を拾ってくださり、居場所まで与えてくださった。
私は只、ご恩を返しているだけなのだが。
いつのまにやら竹中様の腹心、ということになったらしい。
そして、この頃本格的に日ノ本を掌握しようと動き始めた我等が大将、秀吉様。
当然、戦の数も多くなる。必然的に、奥州の伊達軍とも戦うことになった。
そこで、彼に出会ってしまった。
何度も会い、剣を交え、少なからずも言葉を交わし
私は、決して抱いてはならない感情を、不覚にも抱いてしまった。
「…なんと哀しき、哀れなことか…」
「…あ?なんのことだ?」
「…なんでもありませんよ」
私が呟けば、声低くも返してくれる。こういうところを見る限り、いい人なんだろうな、と思ってしまう自分がいる。
こんな敵の呟きなんか無視して、さっさと仕掛けてくれれば良いものを。
いっそ、無視してほしい。
じゃないと、この気持ちを切り捨てるのがより一層難しくなってしまう。
彼との距離が近く感じる。そう近くないはずなのに。
周りの喧騒が遠い。なんだか空間がぽっかりと、切り離されてしまったようだ。
「彼方とこうやって合間見えるのは…何度目でしょうかね」
「…さあな。いちいち数えてなんからんねえ」
ああ、腕が重い。刀とはこんなにも重いものだったかな。
がしゃり、と無粋な音を立てて刀を構える。
それを見取り、彼も刀を構える。ぎらりと妖しく光るその刀身さえ、美しいと思ってしまう。
彼を見れば、その強い意思を宿った眼。
その双眸が、私を離してくれないのだ。
今思えば…もう出会ったときから、私はその双眸に捕まっていたのかもしれない。
薄く目を臥せる。
息を吸い、深く吐く。
瞼を上げ、彼と目が合う。
そして私は、 彼は、 地を勢いよく蹴った。
ガキインッッ
火花が散る。
お互いの刀をぶつけあい、叩き合い、斬りあう。何度も似たような動作を繰り返す。
掛かっては飛び、守り、駆け。
彼は何故かバサラ技を使わない。使ったら、きっと私は一撃で死ぬだろうに。
掛かっては受け、掛かっては受け。
一体、何度この動作を繰り返したか分からない。どれくらい経ったかも分からない。
ただ疲れた。
なにせ私には体力がない。彼の攻撃をずっと受けている、そろそろ腕が限界に近い。
ただ彼も疲れてきているのか、少し息が上がっている。
さきほどから私に向けている振り下ろされる刀の力も、弱まってきている。
ああ、
もう
「!!!?」
終わりにしよう。
どす、っとどこか鈍い音が鼓膜に響く。
目の前の彼が、大層驚いたような顔をする。いや、実際驚いているんだろう。
目をこれでもかというほど見開いている。常に冷静沈着な彼が…珍しいこともあるのだな。
だが、驚くのも無理はないかもしれない。
なにせ私は、刀を投げ捨て彼の攻撃を自ら受けにいったのだから。
体勢が、視界が一気に崩れる。
無理もないか。私は彼の刀のその一突きを腹部で受けとめた。それも、見事なまでに貫通して。
見慣れた紅がじわじわと、服に染みる。
防具はしていたが、彼の前では無きに等しかったのだろう。
私の豊臣の軍色であった赤褐色が、より紅く、紅く。
しまいには、口からも紅が出る。
(ああ…けっこう血…出てるな…)
悲しいことに戦慣れしているせいか、今の私は恐ろしいほど冷静だ。
冷静というよりも、淡々としているのか。
もとより兵士となった時点で、死にたいしては無頓着だったかもしれない。
薄れゆく意識の中、私は何かを感じる。
なにか、背の方に温もりが。
意識が朦朧としているのでよく分からない。
その重たい瞼を開けて見れば、彼がいる。何故こんなにも至近距離なんだ…?
廻らない頭を懸命に動かし、状況を把握する。
ああ、私…彼の腕の中にいる、のか。
「おいっ!手前、なんでこんな…!」
彼の声が聞こえる。なんだかやけに焦燥に駆られたような声だ。
なんで、とは、なんで?
というか、敵方の私が倒れたというのに何故こんなに焦っておられるのだろう。
何に対して、そんなに。
敵が、悩みの種(にもなっていないかもしれないが)が消えて喜ぶところではないのか。
何故、そんなに私の肩を強く抱き
震えておられる。
…ああ、頭がうまく廻らない。本格的に意識が朦朧としてきた。
刀の刺さった腹部の感覚さえも無くなってきた。
あんなに痛かったものも、今はなにも感じない。ただ、紅く染まっていくだけだ。
力も入らない。
なんだか、瞼を開けているのすら辛い。
何処か遠くから勝鬨が聞こえてくる。
どちらのだろう、なんて考える余裕もない。というか、今となってはどうでもいいことだ。
ああ、最後が彼方の腕の中とは…なんとも贅沢な死に様だろう。
視界が霞む。瞼が重い。
なんだか懸命に、何かを叫ぶ彼の声。
どうしたのだろう。
竹中様、最後まで御恩を返し従くことができず申し訳ありません。
秀吉様、最後まで天下取りに従うことができず申し訳ありません。
そして、彼方。
「……あいしてました。」
そこで私の意識はプツン、と糸を断つような音を立て消えた。
彼のあの双眸が、大きく揺れて見えたのは…きっと気のせいだろう。
君 の 腕(かいな) に 眠 る
(願わくば、最後は君の傍らに)
なんかもう自分でも書いてて分かりなくなりました←
実は小十郎→→←←女主 みたいな感じだった、みたいな。
そして名前変換意味なくてスイマセン。主に女主の死ネタ・悲恋が書きやすいです、すいません
いつか小十郎サイド書けたらいいな、と思います
2011.12.22